濃霧の中でも散歩は止まらない。

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根雪になるまでの今時分は、
毎日のように日の出時間からしばらくの間空知川からやってくる霧に覆われる我が家だ。
今朝は氷点下にならなかったのでより濃い霧が次から次へとやってきては流れていく。
髪も睫毛も自然のミストを浴びて集めては潤いすぎるほどに・・・。
もしここで鏡を見たら私は、夢見ている真っ白白髪のおばぁちゃん頭になっているかもしれない。そしてそこまで生き、花いじりをやめるしかなくなったとしても、野の花はじめ動植物の観察を続けていれたら最高だなって。


先日、尊敬する百姓の手を持つ方が夫婦でうちにやってきた。

約1年ぶりだろうか。農繁期が終わるとやってくる。
二人ともまたひとわまり小さくなっていて、でもとっても仲良しで。
奥様の方は、花いじりが大好きで。
名前がわからない植物を見つけてはわたしを質問攻めにする。
もちろん私は知っていることすべてに答える。
そして「増えたら株分けしますよ」と言った時、寂しそうな顔をしてこう言ってきた。
「私ね、腰がね、、、だから、もう花いじりできないと思うの」
と。

みんな年を重ねるとどこかに支障は出てくる。それは生きてきた証でもあるし、綺麗事も何もみんなが辿る道と思っている。でも、大好きなことができないという辛さは、まして私と同じ花いじりができないという辛さは一度体験して以来耐え難いものがあり、奥様の顔を直視できない時間があった。

北海道の人たちは、とにかく暇なしに動く稼ぐ。農繁期は寝る間を本当に惜しんで。半年で1年分を稼ぐというには、あまりに搾取されすぎていて本当だったら何年分も半年で稼いでいるんだろうなと思う。

70歳を超えても普通に巨大トラクターを運転し、しかもその畑はただ巨大なだけでなく、「丘」とは言えないような驚くほどの斜面だったりする。
野菜など、ジャガイモや玉ねぎメロンなど他にもたくさんあるが、その重さを考えただけで重労働になることは想像がつくと思う。今は機械化されてそれでもマシになったと言っても内地とは桁違いだから、一概に農家はそう言うものだと簡単になんて言えるはずがない。
男の人は機械での作業、そして女の人は細かい作業の量が桁違いにある。

大量生産からはじまる、大量の化成肥料と大量の農薬を使わないと売れないように、規格外になるようにしているのは誰だろう。そういう野菜しか食べないようにしているのは誰だろう。
(ちなみにヨーロッパでは、ラウンドアップなどの農薬は、生物に対しての危険度が大きいことから作ることも売ることも法律で禁止された。なのにどうして住友などそういう会社がそれでも作れるのか。その答えはベトナム戦争を調べるとわかるだろう。)

そんなことを一瞬考えながら、「小さい花壇はどう?椅子に座っていてもすべて手が届くくらいの小さな花壇があるんだって。立ったり座ったりしなくていいし、とってもコンパクトになっちゃうけどね。花が触れないよりずっといいと思うの。それこそ木枠でもいいし、ポイントはね、奥様が座った時にちょうどいい高さの花壇ね。ほら、このくらい。」
20年ほど前だったろうかハーブに興味を持ち始めた時に何らかの不自由がある方々のセラピーの本を読んだことがあって(題名は忘れてしまったが)その時の本に出ていた画像が浮かんできたので言ってみた。大都会と言われているところでは、当たり前かもしれないこの小さな花壇。だけど、ここは田舎、まして農家さんはそんな情報すら知る由もなく生きてきた。それだけだ。これもすべてにつながる・・・・・。
奥様の顔が、ちょっとだけ明るくなってきた。そして帰りの車の中で奥様が身振り手振りしながらご主人に花壇の説明をしているのが見える。
なんだか嬉しい。

腰に負荷がかからない方法。
まだ歩けるのならば、諦めなくてもいいと思った。
ましてその歩く力を、わざわざ弱めないためにも。
大好きな人たちだから。










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by iroha8788 | 2017-10-26 08:55 | おはようの時間 | Comments(0)