こごみちゃん

a0329935_07492119.jpeg

おひさまに照らされはじめた葉の、この美しさよー!
どうして「シダ類」の葉っぱはこんなにステキなの!

クサソテツ(イワタンデ科クサソテツ属)の『こごみちゃん』を迎えてから東側の窓辺にて観察しまくっている。ちょっとクンクンすると懐かしい…アオクチャイ匂いがして、一瞬で祖母と歩いた神社の裏山ではじめて「こごみちゃん」を見つけた時の祖母との会話と空気感と景色が脳裏に浮かんでくる。

人間なんかより遥か昔から生きてきた植物の仲間と考えると気が遠くなりそうになりながらも今、目の前にいる「こごみちゃん」を凝視してしまうのはこの開いたばかりの葉っぱの「葉脈ー!」にうっとりしてしまうからだ。しかもこの種類には二億年前から変わらぬ遺伝子を持っているという記事を読んだ日にはとろけてしまう。

昔は、山に行けばすぐに見つけられた「こごみちゃん」だった。今もあることはあるが、どこのどなたか知らないよそ様の山へ入るのはご法度のご時世でもあるし、ここではすでに羆さまが目を覚ます時期でもあり、何よりうちの目の前の山に羆さまの塒があるので近づけないのが残念でならないが、仕方ない。そばまで行っても入らない。
羆さまも怒り心頭に発した状態が続いているはずだから、何も言えない。


私が幼稚園に行く前、実家の裏庭の大きなケヤキと牡丹の木の下の半日陰の土手のところに祖母と薬草の小さな段々畑を作ったのだがその土留めとして「こごみちゃん」が植えてあった。その時期が来ると「節のもの」といって毎年食べていたしそのほかにも沢山の薬草や山野草を植えていた。祖母が63歳でこの世を去った私が小学校5年生の初夏から6年生までは一人でなんとか維持しようとしていたが中学になると、本当はやりたくないうえに、先生なんて「はぁ?何その殴り方!」というバカみたいなちっとも楽しくない部活に駆り出されだんだん遠のいていってしまい、今では家を建て直した20年前に更地にすることで、最初に薬草の段々畑が消え、大きなケヤキの木は家の大黒柱に姿を変え、牡丹は家の前の庭に移植したが環境が変わり弱ってしまったところへ株元からカミキリムシの幼虫に入られ手当てをしたもののすべて跡形もなく消えてしまった。それでも、薬草の段々畑にあった植物たちは今でもしっかり覚えている。
私が野山や植物が大好きなのは祖母のおかげもあるのだが、代々そういう血を受け継いだことはさらに手に負えない部分があるのかもしれない。多分♪

祖母も、そして父も、春には「山菜採り」秋は「キノコ狩り」と節のものをいただき食べることが大好きだった。父はずっと海釣りをしていたが、原発から出る排水で魚の釣れる場所が変わったことをきっかけに渓流釣りへ移行し疑似餌から釣竿まで作りさらにリタイヤ後はそれらを数年だったが謳歌していた。
(今考えると海釣りから渓流釣りに変えてもなんの意味もなかったことだが、当時は、本当に何も知らなかった。「無知」ということはどこまでも何もかも蝕み続ける。)

…その時のご近所さんが父に放った言葉も忘れない。
「◯◯さんの趣味、全部ダメになっちゃったなー」
そのヒトには、なんの興味もないが。ただ、そのヒトは趣味も自分の好きなことも何も見つけられずイヤラシイことしか言えない。あぁ、気色悪い。どうしようもない「あはれ」なヒトだ。またいい勉強になったとつくづく思った7年前だ。

祖母も父も「来年を考えて」無闇矢鱈に乱獲など絶対しなかった。
必ず山の神さまにお参りするか、お神酒などを持って山に入っていた。

山のものをいただくというのは、そういうことではないかと思う。
教わったわけではないが祖母や父の姿を見て、今でも、そういうものだと思っている。

それも何もかも3.11ですべて終わってしまったことだが。

そんな思い出が蘇る「こごみちゃん」をついに迎えられたことに感謝しよう。
そして、蝦夷地にきても祖母がしていたように土留めとして、春の山菜として、何より葉っぱを見るのが大好きな私らしく雪解けを待つワクワクソワソワドキドキの朝にも。





[PR]
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by iroha8788 | 2018-03-30 06:46 | シダ | Comments(0)