百姓の手を持つひとからいただいたヒョウタンナシ

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尊敬する百姓の手を持つひとが持ってきてくださったヒョウタンナシの木は樹齢が100年をこえている。100年をこえてもなお実をつける強さを考える。果樹をはじめ木々たちの実りには裏年がある。その裏年を考える。そしてヒグマをはじめ野生動物たちも木々たちの実りに合わせる。それは年月を経て代々つちかってきた動植物たちの智慧と思われる。

私が幼いころ梨農家をしていた人がいた。節になるとたくさんの20世紀、豊水、幸水、長十郎などの丸梨をいただいた。瑞々しい果汁が滴りもっている手がベタベタになるほど糖度が高く、ほかの梨を食べたいとも思わなかった。「自分の年に合わせて作ればいい」とそのひとは言い、年々梨畑を小さくしていった。生活のために「今まで食べさせてもらった梨の木を伐りたおす」とは、どんな気持ちだったのだろう。そして今、梨畑はそのひとがいなくなり更地になった。

梨農家のひとがいなくなり、買ってまで食べたいとも思わなくなった。それが、ここに住むことでお世話になっている、尊敬する百姓の手をもつひとの庭にあるヒョウタンナシにかわり、いただくようになった。このヒョウタンナシがあるテーブルのわきを通るとふわっといい香りがする。野性味あふれる実生苗からそだった実は、甘みと酸味が絶妙で歯ごたえがありとてもおいしい。うちの実生苗はあと14年待たないと花芽があがらない。うまくいって14年後だ。

尊敬する百姓の手を持つひとと一緒に二重の虹を見ながら、うちの庭でできた最初の梨を食べる日が待ちどおしい。



おん。


この写真のヒョウタンナシは、はじめていただいたときに撮ったものだ。この梨の種が実生苗となって今、うちの庭で育っている。




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by iroha8788 | 2018-11-10 05:50 | 尊敬する百姓の手を持つひと