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山の麓に住んでいる特権





頭のなかで、ずっと「3文字…の何だったろうか。」と歌いながらも曲名が出てこない。『ボレロ』だった。大声で笑い飛ばすしかない絶望を感じつづけるために忘れてしまいたかった歓喜の『ボレロ』だった。

草むらを歩いているときは、いつも何か歌っている。実際は寝ているとき以外、主人に白い眼で見られない限り、何かしら歌っている。セイヨウセイタカアワダチソウやヨツバヒヨドリや、私がどこかで種をくっつけてきたのか今年新入りのサワヒヨドリの花をながめ、ネコジャラシの穂が出てきたのを「1本くださいな」といただいてぶんぶんふりまわし、エゾノコンギクの葉っぱを虫たちが食べちゃったあとを見ていても、何かしら歌ってしまう。

蝦夷地に住みはじめるまえから見つけ大事にしている空き地の半径2mの大きさになってくれた実生苗のグミの木のちいさな森には今、葉っぱでおおいつくされていてはいることができない。グミの木のまわりをぐるぐる歩きながら見えているところだけでもとトゲに注意しながら枝の観察をしているとドラム音からはじまる3拍子の曲が頭のなかに流れてきた。歌っているうちにどんどんエスカレートしてネコジャラシの穂を指揮棒にし即席色即是空指揮者になってしまうとさらに気分がいい。半野生猫のミースケは、3歳になる前からちっともじゃれてくれなくなった。目の前にネコジャラシをだしても「ふん。なんだいそんなもの。」という具合だ。本物のハンティングに敵うはずもない。ならば私が楽しめばいい。こんな48歳でいいのか。いいのだ。まわりを見渡せば、言ったそばから忘れ去り、すべてなかったことにしようとする人であふれている。

そして、近所の農家さんが軽トラで通り過ぎるのかと思いきや、止まった。

「まーた、草のなかにいるのか。カア…。」

「そうよ。でもここは草じゃなくて、宝物のなかよ。失礼な。」

「カア…。ヒグマに喰われるなよ!」

「まずいから、食べないわよ。」

「カア…。」

また「カア…。」と言われてしまった。最近、カアカア言われることが多くなった。土に還ったはずのハシボソガラスのカースケがのりうつったのか。非常に喜ばしいことである。あと2ヶ月で農繁期も終わる。そのあとは植物たちの植え替えなどが山づみだが、より楽しみなのは、うちのまわりには、野生動物たち以外ひとっこひとりいなくなる、貸し切りの季節がやってくることだ。その前に、もうすぐエゾノコンギクのむらさき色の花の海になるのも待ちどおしい。

これを「山の麓に住んでいる特権」という。ブラボーである。

それにしても、ヒグマさまに会いたい。あの眼が見たい。前に会ったとき、もっと話しかければよかった。蝦夷地に住みはじめて2ヶ月目にヒグマさまとバッティングをした。真っ黒なツヤツヤの毛皮におおわれた、すべてを見抜いているような眼と見つめあってしまった。見つめあったあとクラクションを鳴らしながら「殺されるまえに、山にかえって。お願いだから、殺されないで。」と叫んでいた。忘れられない。住宅街でおいしいものをあじわってしまったヒグマがまた射殺された。山にあるものよりも人間が作った野菜、残飯、生ゴミの方がおいしいことは当たり前である。また、殺されてしまった。








by iroha8788 | 2019-08-12 15:58 | 草むら巡礼

生きものたちとの日々


by 葉花