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柿の木の発芽

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はじめて柿の木の発芽の様子を、見ている。

夏にお送りしたメロンは、奈良県産の富有柿になって戻ってきた晩秋。
その富有柿のなかに、2つだけ種が入っていた。

間借りした年以来9年間、種蒔き更新し年中食べている大事な彩りミツバの鉢に、「発芽してね。」と富有柿の種皮をなでてから蒔いた。

2月に入り、富有柿の種が用土からもりあがり、あざやかなみどり色のU字型の茎は見えはじめた。茎は1mm以上の太さ。種の大きさでわかっているものの驚きは隠せず、「この富有柿の種は、親指の爪の大きさだったんだ」と言いなおし、思いなおす。日を追うごとに、茎は伸びる。見えない用土の中ではきっと、根もぐんぐん伸びている。種皮はまだ剥がれないままにして高さ8cmの実生苗は、すでにたくましい。接ぎ木苗のように、挿し穂と台木の接ぎ目という切断面はない実生苗。根の伸びかたは稲妻のようにきっと、ひと続きにうつくしい。ミツバの鉢から鉢上げをするときの根の状態を見られる日を想像する。わたしが実生苗に拘りだしたきっかけはノイバラだが、果樹には特に思う。何でも、はやければいいというものではない。コストパフォーマンスがいいというのは、「大事な余白」を切除しすぎている。


むかし実家の庭には、2本の柿の木があった。

梯子をかけないと収穫できない樹高の柿の木の実は、祖父が収穫していた。その後、父が収穫していた。ゴマがいっぱいの西村早生柿と、まちがって食べた日には、口のなかがどうしようもなくなる甲州百目。皮をむいて干し柿にするものと、樽抜き。昔は樽に入れてつくっていたのだろう。汁椀につがれた焼酎に、とっぽんとヘタの部分をつけた実を、プラスチックの樽容器に並べ入れ密閉し、1週間から10日ほどおき、渋みをぬいて食べるものとに分けていた。庭にあったのは「渋柿」だった。

祖母がつくった柿の葉茶が好きだった。

柿といえば、実よりもお茶だった。香ばしくごくごく飲めた。ドクダミ茶からはじまり、いろいろと祖母には飲まされたが、柿の葉茶は、別格だった。縄文時代からあったという柿の木。そんなことは何も知らず幼いころ飲んでいた柿の葉茶だった。

また蝦夷地では外で越冬できない「木」の種を蒔いた。

実家の庭にあった2本の柿の木は、もうない。しかし自家製の柿の葉茶は、もういち度飲んでみたい。「渋柿」でも「甘柿」の富有柿でも柿の葉茶はできる。

富有柿を送っていただいたことで、幼いころに飲んでいた柿の葉茶はよみがえる。

「種なし」と書いてあった説明書には申し訳ないが、まだ完全にはそうならないこともあると知っている。F1品種でも、あるように。よってわたしは、種を蒔くことができた。

大正時代に稲のバカ苗病菌からつくられたホルモン剤で不稔性にされるのは、ブドウだけではない。動植物の次に、人間である。

世界中のお偉い殿方が言っているが、日本は報道規制され、もはや信用という言葉すらない国だ。そういう国に覚悟して住んでいる。

自分で動く。
そして自分の分だけでなく、この間借りしている地にもお礼をする。

種を蒔くということ。

今年は、去年種を蒔いた蝦夷地にも自生している「朴の木」の実生苗の様子を見、路地におろす。自分の分だけではなく、自然にもかえす。

種を蒔き、木を植えることをやめない。


部屋のなかで栽培をするのは、茶の木でも実行できている。

柿の木の芽吹き、葉脈、みどり色の花、花脈、蕊…。深みどり色と橙色と黄色のまじわった紅葉を、目の前で見たい。

実がなるまでには桃栗3年、柿8年というが、わたしはその前に柿の葉茶をつくる。



by iroha8788 | 2024-02-21 14:24 | 柿の木

生きものたちとの日々


by 葉花