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カテゴリ:おはようの時間( 249 )


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少しはなれたところからRosa Caninaの弓なりになっている枝の新芽がのびはじめているのを見てうっとりしようとした。が、「何かヘン。何かきのうとちがう」とよくよく近づいて見てみると、かぶもとを中心に新芽が消えている。あ…。

あ…。そうだった。うちはエゾユキウサギ剪定もあったんだ。

背が高いエゾシカは弓なりになった枝の先端の新芽から剪定をはじめる。かぶもとの低い位置から剪定をするのはエゾユキウサギだ。そう思った翌朝だった。夏毛にすっかり生えかわったモコモコのかたまりがRosa Caninaのかぶもとにいた。声がでないようにこらえながら、そろりそろりと近づこうとした瞬間ビューンとものすごい速さで去ってしまった。哀愁のお尻だった。しかしながらその速さだけに驚いている場合ではなかった。キタキツネの20000hzという聴力に驚いたばかりなのに、ウサギの聴力は42000hzだった。もう、ヒィーィしかでてこない。自然のなかで生きているということの凄まじさにまたもや、唸るしかない。ウサギの長い耳も、飾りではない。

…去年はAstrantia Majorの新芽をもくもくと食べていた。とっても可愛いお口だった。今年はRosa Caninaか。まぁ、いいか。根っこが生きていれば、大丈夫だ。それにうちは「無農薬よぉ…安心して食べてぇ…涙がひと粒こぼれそうになったけど、気のせいだったわ。気にしないで。あなたの哀愁ただようお尻に免じ許しちゃうって、許すも許さないも、ここはもともとあなたたちのテリトリーだったんだものね。それにCaninaはもともと野ばらなんだからWild Roseなんだから、うちのような環境のなかで生きていたはずよ。」と、どんどん遠ざかっていく哀愁ただようお尻にむかって言おうとした。エゾユキウサギはとっくに走り去ったあとで、影もかたちもなかったが、とにかく、言いたかった。今度は近づくのをやめてエゾユキウサギに囁こう。42000hzもあるのだから、野生動物なのだから、そうじゃなくても野生動物はじめ小動物たちには「近づいていい距離」が決まっているはずだ。


我が家の剪定はエゾシカとエゾユキウサギが担当してくれる。わたしは補佐である。





by iroha8788 | 2019-05-22 06:36 | おはようの時間
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グミの花が咲きだした。きっと今年もたくさんの実がなるだろう。うちにきてくれる大事な小鳥たちのご飯になる。わたしは、このグミの葉っぱが風に吹かれてピカピカ光るのを見られるだけでいい。葉っぱの裏が白く短い産毛に覆われていて光に照らされるとひかる。それだけで大事なうちの先住民である。実が熟すころに、ぜんぶ食べられてしまうので完熟の甘さを知らない。小鳥たちがきてくれたら、それでいい。餌台をつくろうと思ったが、思っただけでやめた理由だ。


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主人が通勤途中にラジオで聴いてからずっと探していた。「エゾん子リンゴ」の苗をイコロの森のナーサリーで主人が見つけ、去年迎えた。2年越しだ。そして昨日「うぉおおおー!」と言うので何かと思い主人の声がする方へいそいで行くと、「ズミ」こと「エゾん子リンゴ」に蕾があがっていた。そして主人は、今年初のアオダイショウさまとバッティングしたらしい。田んぼに水がはられ代掻きがおわり田植えがはじまる。アマガエルがいっせいに山から降りてくる。そうだろう、そうだろう。そりゃ、アオダイショウさまの出番だろう。うちはそういう家である。アオダイショウさまも大事なうちの住人である。私もヘビを見たら驚くが、見つけられたヘビもきっと驚いているにちがいない。だからこそすぐにニョロニョロ必至に去っていくのだろう。そう思うと「驚かせて、ごめんなさいね」と去っていくヘビに向かって言ってしまう。
それにしても、どうしてリンゴの蕾はこんなに可愛いのか。どんな植物の蕾も可愛いが、「何だかリンゴの蕾には特別な可愛さがある。」と主人が言うのだから、まちがいない。結婚したころは、植物のことにほとんど興味を示すことはなかったが、今では「リンゴの蕾は可愛いなぁ」というようになった。「この植物を迎えたい」と言うこともない主人が「エゾん子リンゴ」には、並々ならぬ感情があるのが不思議でもあるが、植物たちを愛でてくれるようになったことは、何よりである。



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ちょっとエゾシカ剪定されたが、残っている葉っぱはぐんぐんのびているギボウシの「ハルシオン」だ。食べることはないがこの葉っぱもエゾシカに負けず劣らず大好きだ。私が住みはじめる前からいてくれたことがとても嬉しい。エゾシカの好物で、毎年のようにちょっと食べられてしまうが、やはり食べられた方がそのあとの生長が凄まじい。エゾシカ・ウンチョコボール様々である。それでも今年のエゾシカ剪定は去年より少ない。この冬の積雪量がちょっと少なめだったおかげで山に食べ物が残っていたのか。春先からのよすぎるくらいの天候が山の食べ物を順調に生育させているんだろうか。今のところ野生動物たちの食べ物が足りているということなのかもしれない。




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空き地にいる「ドングリの木」の葉っぱを見ていたら、うるうるしてしまった。那須の森ではじめてドングリを拾って発芽したときの、うっとりしてしまったあわい桃色の双葉がよみがえる。転勤になり連れて行こうとしたら、母が「おいていけ」と言うので泣く泣くおいていったら、本葉がでてきてドングリだとわかり「大きくなる!大変だ!」と、うちの田んぼのそばの山に植えてしまった。ガックリしたが、植えてしまったものは仕方ない。しかし今思えば、鉢植えされているよりも山にいた方がいい。あれから20年以上たっている。あのドングリの木は大きくなっているだろうか。ドングリの木はまだ5cmくらいの高さだった。今、わたしが見ているこの先住民のドングリの木は2mをこえている。何年まえに、ここで生まれたんだろう。どうか大きくなってくれますように。


ドングリが大好物のヒグマさま…。道路わきに「熊出没」の看板が目立つようになってきた。ヒグマさまもしっかり目を覚ましている。もう一度だけでも、あのヒグマさまの眼々が見たい。

敷地内は驚くはやさで草むらになりつつある。そろそろ草刈りの日を決めて「ケモノ道」をつくり、草むら巡礼をはじめる時季がやってくる。新緑から深緑へとかわる今、山々はますます笑う。





by iroha8788 | 2019-05-20 07:07 | おはようの時間

繰りかえすこと

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先住民の八重桜が咲きだしている。「背高のっぽの八重桜さん。花の香りをクンクンしたいけど、もうあなたに届かなくなっちゃった」といいながら幹をなでる。「あなたの節になったね」といい、幹におでこをくっつける。


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タツタ草の花も最後の1りんとなり葉っぱの生長も勢いが増す。今年は種ができるのか。はじめての結実になるのか。こぼれ種で苗が増えたら、ボンサイ先生のところに連れていこう。ボンサイ先生の奥さんもこの花を気にいってくれている。
つくづく植物たちを見ていて思うのは、カブが熟し本領発揮するのには、植えつけてから3年かかるということを今さらながら、何度も実感している。今まではベランダ栽培で鉢植えだったからか、ここまで差があるとは思わなかった。見守ること重視の路地植えされた植物は、本来の姿を見せつけてくれる。

植物の時間感覚で物事を考えると、すべてのことがバカバカしく思えてならない。しかし、それはそれ。これはこれ。また別の話である。東電のことはまた別の話である。



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オダマキの仲間のThalictrum delavayiの葉っぱが可愛くてならない。そして「キンポウゲ科」の種類の多さにも圧巻だ。有毒植物が多いが、それは一緒にいる生きものが気をつければいいことだ。売る側には「売れればいい」という生活がかかった適当さがあることを、消費者側のほうが心構えする必要があるのではないか。質問しても確かな返答をしてくれる花屋の店員さんは、少ない。何でも自分で納得するまで調べればいい話だ。
さてここから1mぐらいの高さまで無事にのびていってくれるか。この花を目の高さでしっかり確認したい。

「繰りかえすこと」という言葉の表裏一体も、おもしろい。

季節を感じ「次は、わたしの番です」と言っているように順繰り順繰り植物たちが展開していく様子を見ていると、「今年も、見とどけているよ」と、あと何回言えるのだろうかと思いながらも、「まだ若いのに、これからいくらでも見られるじゃないか」という常套句の返し文句には、もう呆れるのを通りすぎて笑いがとまらない。

繰りかえし繰りかえし思うこと。
繰りかえし繰りかえし願うこと。
思っても願っても叶うとは限らないからこそ、その日までより強く思い、より強く願い、少しでもそこに近づこうと動きつづける。
「そのまま」でいいことと、「そのまま」にしてはいけないことをとりちがえているようにしか見えない世界だとしてもだ。









by iroha8788 | 2019-05-17 15:30 | おはようの時間

朝露の雫から

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ここはもうすぐ空知川から上昇気流にのってやってくる深い霧に包まれる朝がはじまる。ますますLady’s Mantleの雫にうっとりする季節だ。

ここのところ6月を先取りしたような日中の気温20℃をこえる日がつづき、雨が遠い。それでも雪どけした水分が地中にしみこんでいるため植物たちはずんずん生長し、葉っぱの縁に雫をくっつける。その雫を人差し指の先にくっつけていただく。「魔女になれますように」と願いながら。すでに野生化しつづけている私は、次なる野望をくわだてる。「魔女にも、いろんな種類があるのよ」とまわりの植物たちにも聞こえるように囁く。視線をあげると200mほど先にキタキツネにがいた。きっと私の囁きが聞こえている。こちらをうかがっているのか、それとも、呆れているのか。いずれにしても、フリーズしているのがわかる。「おはよう。キタキツネさん。今日も元気で何より何より」と囁いておいた。



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去年、ボンサイ先生からいただいたイカリ草が咲きだしている。最後に目の前で見てから30年ぶりだ。花いろも幼いころから見ていた色だ。スパイシーで甘い香りもおなじだ。草丈はまだ15cmほどだが、いただいてから1年経っていないのでこれからここの気候に馴染むまであと2年待てばいい。東日本で見つかるイカリ草の花は白花がほとんどらしいが(会津には大型のキバナイカリソウがあるが山取りされて消えたかもしれない)、私が祖母の眼になって見つけたのは、この桃色のイカリ草だった。…あの神社の裏山も切り崩されて宅地になってしまった。ヤマユリ、オニユリ、シュンラン、リュウノヒゲ、オウレン、センブリ、ショウジョウバカマ、ゲンノショウコ、ヤマミツバ、コゴミちゃん、ワラビ、ゼンマイ、タラの木、さわるとかぶれるすりすりできないヤマウルシのつやつや葉っぱ、ヤマツツジ、ヤマハッカ、そしてイカリ草。すべて消えてしまっただろう。それでも私は、ボンサイ先生のおかげでイカリ草を迎えることができた。…さっそく花の香りに誘われてアリもやってきては、カブもとをうろうろしている。



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アリといえば、芍薬の蕾についている蜜も好物だ。鉢植えならともかくラボ花壇にいることでアリの巣は、別のところにある。何も心配することなく、芍薬の蕾の蜜を食べてもらおう。アリが蜜を食べてくれることで、芍薬の花もうまく開花することができる。やっぱりうちには大事なアリん子である。この芍薬は3年前、雪が降る前から春先まで休園してしまう花屋さんで、今年最後にと出かけたときに処分品で売られていた。「花香殿」という1916年に生まれた戦前の改良品種のはしりだ。この子の先祖は戦争を体験しているのかもしれない。はじめての開花は翁咲きになってくれるだろうか。無事に開花してくれますように。


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ヤグルマソウにもはじめて蕾があがった。ますます恰好いい葉っぱにスリスリしながらも、ここからWhite Flower Treeになってくれることを待つ。今の時期の陽のあたり方を見ながら路地に植えつけたが、銅葉の状態でうまく白い花が咲いてくれるだろうか。日差しが強すぎると緑色の葉っぱになってしまう。そう思ったところでなるようにしかならないが。とにかくはじめての花を堪能しよう。


日がのびたことで植物たちの生長が眼に見える。毎朝見まわりとあいさつとお伺いにいくたびに驚きが隠せない。Lady’s Mantleの雫をいただいてからはじめる朝露のなかを歩きまわることがやめられない。アリん子のことを言えない。





by iroha8788 | 2019-05-15 14:46 | おはようの時間

いなくなったあとに

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蝦夷地へは、何も考えることなく深呼吸をするためにきた。何も考えることなく蛇口からでてくる水をゴクゴク飲むためにきた。何も考えることなく草樹たちや土にふれるためにきた。そして草むらに、大の字になってちょっとだけ寝転ぶためにきた。野生動物たちがこんなにたくさんいるとは思っていなかったが。そのおかげで、ここに住んで毎日、毎年、やりたいことが増えていく。余計なことはしないように気をつけながら。


そろっとカーテンをあけて、閉める。そろっといそいで外にでる。なるべく音をたてないように。しずかに。起こさないように。気をつければ気をつけるほど、何もないところで転ばないように、自分の足にもつれて転ばないように慎重に心を鎮めて、ドードードーと頭の中で言いながら外にでる。

気温7℃。5時まであと15分だけ。家事の合間をぬってギリギリまで、ちょっとでも外にでる。乾燥と凍りついた空気のなかで咳きこむこともなくなり、もう、鼻もツーンとしない。


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スギナのなかにヤグルマソウがのびてきている。緑葉と銅葉と陽の光があいまったとき、かがみこんでいつまでも見ていたくなる。

スギナはみんなの嫌われ者かもしれない。しかし私には大事な土壌の浄化をしてくれる植物のひとつだ。どこにでも生えるのは、それだけ強固な証だ。スギナがたくさん生えるところほど、より土壌汚染されていると思っている。いたるところで見つけるたびに「農薬に負けるな!ラウンドアップに負けるな! 世代更新するたびSuper Weedになれ」と思っている。Super Weedは、農薬散布と遺伝子組み換えされた植物たちからの報復のひとつかもしれない。すでに農薬に耐性をもったSuper Weedがいる。

ヤグルマソウを見つけたのは、隣の隣のとなり町の道の駅だった。それまでは「新蝦夷地の花」という図鑑を眺めながら、いつか、いつかと思い探していた。
「十勝・千年の森」で見たときは、のびのびすくすくと大きく広げたヤグルマソウの銅葉の葉脈と、すっと花くびをのばし小さな花があつまって小さなWhite Flower Treeになっている姿に見とれてしまった。「うちに迎えたヤグルマソウも、大きく育ってくれますように」と願った。家に帰りすぐにヤグルマソウの葉っぱにふれながら言った。

ここに住みはじめてから私がいなくなったあとを考えている。なるようにしかならなくとも、動植物たちが残っていてくれたら、それでいい。




by iroha8788 | 2019-05-11 11:11 | おはようの時間

お化けと呼ばないで

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「お化けと呼ばないで」と言われたような気がした朝に、いちりん咲いているのを見つけて「わっ。お化けちゃん咲いたのね」と言ってしまった。

小さい頃から見ていて祖母から「これは、お化け水仙だよ」と教わってしまったものだから、ずっと「お化け水仙」と呼び、それ以上調べることもなかったが、蝦夷地に住むことになり敷地内の先住民でいてくれたおかげで調べなおすことになった。

住みはじめた翌春に芽々を見つけ水仙だとわかると草刈りをするときに気をつけながらずっとどんな花が咲くか待っていた。そして咲いたのが、フォンシオンだった。
敷地内のいたるところに水仙の芽々を見つけては、草刈りに気をつけながら蕾があがるのを毎年待つ。

思い出の中でしか会えなかったフォンシオンは今、目の前で蕾をあげ、いたるところで花を咲かせている。
今度こそ「フォンシオン」と呼びつづける。




by iroha8788 | 2019-04-24 12:12 | おはようの時間

早春の感触

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オキナグサに頬ずりしていると4歳のころの実家の庭の景色が浮かんでくる。

庭の片隅の祖父が手入れをしていたヤブツバキのちかくにオキナグサはあった。祖父と一緒に並んでホワホワの蕾を、葉っぱをなでて頬ずりをしていた。祖母との思い出は小学5年生まであるが、祖父との思い出は小学2年生で終わってしまった。

戦争から戻ってきた祖父はとても優しかった。家族のなかで唯一、私を褒めて、頭をなでてくれる人だった。

このオキナグサは西洋オキナグサでピレーネ山脈に自生している原種の改良品種だ。祖父と見ていた日本のものとは花色もカブの大きくなり方もちがうが、このホワホワ感はおなじだ。日本に自生している原種は、山取りされて数が少なくなっているらしい。絶滅危惧種か…。いまさらだ。

私がいちばん最初に草花に触れるきっかけをくれたのは祖父だったのかもしれない。毎朝このオキナグサの蕾に頬ずりするたびに、そう思うようになった。祖父とあじわった早春の感触だ。

祖母は戦争を体験し現実的な実体験に基づいて私に最初に与えたのは、絵本ではなく薬草や毒草、そして山野草の本だった。今でも頭にはいってはいるが、それよりも祖父はまず、植物たちを愛でることを教えてくれていたのかもしれない。

祖父が好きだった花、オキナグサとテッセンは迎えた。あとは「リラの木」を見つけて迎えるだけだ。
蝦夷地で育てられたリラの木を今年も探す。







by iroha8788 | 2019-04-18 18:35 | おはようの時間

3日間だけの花

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カーテンをあけて「今日はきっと咲きそろってるから写真を撮ろう」と思いクロッカスの場所を見ると、花がない。ここに住んではじめてクロッカスの花を食べられてしまった。

花がらをつむ手間をはぶいてもらった。葉ばかりさん時期で球根に栄養を蓄えてもらおう。そう思うことにする。ちかくにちょっと大きめのチョコボールも置いていってくれた。天然肥料だ。そう思うことにした。

エゾシカ家族がやってきた。

主人が仕事から帰ってきて車庫に車を入れようとすると、オスジカ1頭メスジカ1頭コジカ1頭がシャッターの前を陣取り、動かなかったらしい。どうしようもなく主人が車のドアをあけると、やっと「チェッ。どいてやるか!」という顔をして堂々と去っていったらしい。私も見たかった。

そういうことか…きっと食べたのはコジカだろう。大人のエゾシカの好みはすでに私も心得ている。「とにかく食べる!」というのはコジカである。

長生きをしたとしても、5年ほどしか生きられないエゾシカだ。人間の方が寿命は長い。これからはわからないが。寿命は短くなるいっぽうだと思うが。それを日本政府は望んでいるのだと思うが。いずれにしても、今年も「エゾシカ剪定」の時期がやってきた。

3日間だけのクロッカスの花だった。

根っこが生きていれば、かならず花は咲く。

奇形になりならがらでも、咲く。

遺伝子異常にしたのは「おまえたちのせいだ」と言いながら笑いながら咲く。




by iroha8788 | 2019-04-17 10:00 | おはようの時間

がらんどうになる

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毎朝、毎昼、毎夕、毎夜、寝る前に、さらに近くを通りすぎるときに「大好きよ」といいながら、植物たちの葉っぱを蕾を花を両手で包んで頬ずりしている。「もう少ししたら外に行こう。新鮮な空気と新鮮な光をいっぱいあびてね」と今月にはいってからますますしつこいほどに言いつづける。

家のなかには家具など最低限しかない。もう増えることもない。

秋深くなり、最低気温が5℃まで耐えられる植物から順に部屋のなかに移動させる。−3℃まで耐えられる子を最後に、部屋の窓際だけがにぎやかになる。半年間、外で越冬できない植物たちとも生きてきた。

玄関ドアをあけたときの風除室の匂いも変わった。魔除けのパセリー、セージ、ローズマリー、タイムの香りが際立つ。湿度も上がってきた証拠だ。冬の間玄関まわりを守ってくれたドライハーブブーケたちも土へ還るときがきた。部屋で越冬した植物たちを慣らし運転ならぬ慣らし移動させる時期だ。

1度目は肉体的にも精神的にもボロボロのがらんどうになった。しかし2度目からは、外に出れば先住民の動植物たちもいるがらんどうだ。時計の小さな音がより反響する部屋のなかも心地いい。


もうすぐ部屋のなかは、がらんどうになる。





by iroha8788 | 2019-04-13 07:36 | おはようの時間

Drumming



はじめてキツツキがドラミングしている姿を見た。私の方が脳震盪をおこしそうになった。

ロサ・カニナとトパーズ・ジュエルの枯れこんだ枝を剪定していた。すると今までにない近さでドラミングが聴こえてきた。確認しようとそろり立ちあがりわまりを見渡す。なんと古い木製の電信柱につかまっている頭の後頭部も赤い鳥がいる。まさかね…木は木でも電信柱で?と思いながらもさらに、ぬき足さし足しのび足の「ぬ」のぶんだけ近づいてみる。確かに頭の後頭部も赤い。アカゲラだ。そして息をひそめて見守っていると「ドドドドドドン」とものすごい勢いでドラミングをした。うわー!叫びたい!が、グッと堪えた。さらに2度目のドラミングをする。その様子は頭部の羽までわふわふしている。あまりに凄まじいそのドラミングの姿に見ている私の方が、脳震盪をおこしそうになった。

先日、キタキツネのジャンピング・ハンティングを見て喜びすぎて、キタキツネとすぐに目が合った挙句に鼻であしらわれたので、今度こそはと慎重に近づいた。しかし3歩目を出そうとした瞬間、キツツキは飛び立ってしまった。ちょっとガッカリしたが、それでもほんの数メートルの距離から頭部の羽がわふわふしながらもドラミングをしているのを見られたことは嬉しい。

農薬や化成肥料を使わず5年になる。虫たちが増えそれを狙う小鳥たちも増えている。自然は循環していく。循環しているのだと感じられることが何より嬉しい。

土地をはじめて見に来たときに頭にながれてきた「余計なことは、しなさんな」という言葉を素直に実行しているだけだが、ますます面白いことになってきそうだ。間借りしながら自然観察をしつづけている私自身も野生化してきたような気がする。去年、空き地の草むらのなかを鼻歌をうたいながら歩いていると軽トラで通りかかった近所のおじちゃんに「いつも草のなかにいるね」と言われて「そうよー」とだけ答えたが。「私は虫か。虫もみんなかわいい。1番好きなのはイモ虫だけど」と頭の中で言っていたら嬉しくなって最高の褒め言葉になってしまった。「いつも庭にいるのね」と言われるような容姿ではないことを十二分に自覚しているが「いつも畑にいるのね」というのも、またちがう。50歳を前にして「野生化したおばちゃん」というのも、おもしろいのではないか。こうなったら自分のことも楽しんでしまえ!である。

キツツキの写真はないが、私の頭の中にしっかり焼きつけてある。それで、いい。

またキツツキがやってきますように。
今度は木が大きくなって巣作りのドラミングをしてくれますように。






by iroha8788 | 2019-04-12 06:00 | おはようの時間

動植物たちとの日々


by 葉花