カテゴリ:おはようの時間( 236 )

朝日がのぼるまえに

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朝5時半、マイナス21度だった。

蝦夷地に住んで5年目の冬に、またはじめての気温を体感した。
外はまだ真っ暗で、無風であっても外に出た瞬間に、耳も目も鼻も「ツーン」なのか「キーン」なのか「ピキーン」なのかわからない感覚がどんどん失われてすぐに頭まで痛くなり5分といられなかった。
静かに呼吸をしようとしたが、咳き込んでしまった。「無駄な足掻きはもうやめよう」そう思いながらも家に入る前に、足踏みをしながら空をみあげると、かたむいた北斗七星とカシオペア座がはっきりわかった。ちょっとだけ意固地になって正解だった。「星って、こんなにあったのね。こんなにたくさんの色があったのね」と何回みてもいってしまう。

完全に日がのぼり午前9時だ。マイナス17度まで気温があがった。外へ出よう。


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私の「マイナス気温の感覚」は麻痺しているのかもしれない。ウズウズがとまらず、完全防寒をして今度こそ、スノーシューの左右をまちがえることなく、しっかりはいて、空き地に向かった。


自分の歩く音しか聴こえない白銀の世界は、考えごとをするよりも「無」になるのには最高かもしれない。あと何回自分の歩く道…ケモノ道をつくることができるだろう。

何度みてもあきることのない景色や樹氷の形は、行ったり来たりダイヴしたりしながらとどまることを知らなかったが、いい加減、手足の感覚がなくなり背中が寒くて耐えられなくなって戻ることにした。
まだちょっと不満だった。冬山登山用の防寒だったらもっといることができたかもしれない…。

それにしてもマイナス21度を体感したことはいい経験になった。また私の中に新しい経験値がカウントされた。

家に戻り時計を見ると10時を過ぎていた。あっという間の1時間だった。目や鼻や耳がツーンとかキーンとかピキーンとなるのを忘れるくらい、綺麗でおもしろくて楽しくて興味津々になっていたらすぎてしまった時間だ。

なんども思うが、人が何も手をださない、出させない厳しさがある自然は美しい。


今日は今季最高のマイナス29度を旭川でたたきだしたらしい。
旭川は過去にマイナス41度をたたきだしている。

マイナス41度…今の私には想像がつかない世界だ。











by iroha8788 | 2019-01-14 14:46 | おはようの時間

待つ



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マイナス19度の朝、待っていた景色がひろがる。
風除室のガラス戸に大好きな模様が浮かんでいた。


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すべてが凍りついて、人を寄せつけようとしない。
これ以上はいってはいけない。そういわれているような空気感のこの冬の蝦夷地も最高である。

エゾシカとキタキツネの足跡を確認しつつ、この冬はまだエゾユキウサギの足跡がないのが気がかりだ。姿は見えなくとも、足跡さえあればいい。

往ぬる一月。

年があけてから、猫のミースケが一度も玄関の前で待ち伏せをしない。しばれる日には必ず来てたじゃないか。こないなら、こないと、今日は「とまらない」と言いにこい。と思ったところで、どうにもならないが。…元気なのはわかっているから、それでもいいのだが。雄猫というのは、そういうものだったか気まぐれミースケよ。

明日も冷えそうだ。完全防寒をして、また日の出も待つ。




by iroha8788 | 2019-01-13 15:55 | おはようの時間

ズンズン歩きまくる

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待ちに待った時間はあっという間に過ぎて、気がつけばカメラも持たず、ひたすらズンズン歩いてダイヴしてヘロヘロになっていた。

昨日今日と30cm、40cmの積雪がつづいた。ただちがうのは、その雪の質だ。昨日は湿雪の重たい雪で雪かきと、この冬に決めた「重たい雪のときは隙をついて必ず主人に雪玉をつくってぶつけること」を実行した。たった1回目で思わぬところに命中してしまったことでこっぴどく叱られたので「よし!」とし、サラッとダイヴをして終わった。今日は乾雪でサラサラ新雪とわかった瞬間、大急ぎでとっととさっさと雪かきを終わらせ、初のスノーシューをはいて空き地へ向かうことにした(スノーシューをはくときに、いつも左右を間ちがえるのをいい加減やめたい。『つもった雪はにげない』と言い聞かす)。

まだ猛烈なる吹雪になっていないこの冬の雪は締まっておらず、フカフカすぎるほどフカフカで足をいっぽ踏みだすごとにスノーシューをはいているにもかかわらず膝上まで埋まってしまいなかなか前に進めない。主人は後からついてきたので、私はひたすらラッセルをしながら歩いていた。「なんでよ」と思っていた。そこへ「ヌオーッ!」という声が響いて振り向くと側溝に主人の左足がハマっていた。主人はこの冬も、また側溝にハマった(ということは、ここだけの話で終わりたい)。家の改築がもうすぐ終わる4年前の秋だった。今もよくしてくださるボンサイ先生が、使わないからとお手製の木でつくった渡り梯子を持ってきて空き地へ行くところの側溝にセットしてくれた。その渡り梯子も当然いまは雪に埋もれている。これは感覚でしかわからない。私はニオイヒバの木の両側の感覚でどこに渡り梯子があるかわかるようになった。ヌフッ。主人の片足がハマった姿を何度も思いかえしてはこみあげてくる笑いがどうにもおさまらなかったが、そのままトウヒノキに積もった雪で枝が折れそうになっていたのをバッサバッサと枝を揺らして雪を落としながらひたすら歩いた。大事なうちの防風林の枝だ。そして今日を境に明日からよほど悪天候ではないかぎり毎日歩くための足跡ならぬ*ケモノ道を残すべく空き地を一周すると、空き地の真ん中へ向かい一旦とまり、その場を踏み固め、両手を広げたまま後ろに倒れる。「パフゥ〜時間」だ。倒れた瞬間フワフワサラサラの雪が舞いあがって顔に体じゅうにおりてくる。大の字になって青空を見ながら大声で叫ぶ。空き地のまわりは人っ子だけいない巨大田んぼの農閑期ですべてが雪原となっている。ここぞとばかりに大声で叫んでダイヴをあじわう。この冬も「パフゥ〜時間」は病みつきである。たとえ呆れられても「それがどうした!楽しいものは楽しいのだ!」である。楽しみながらも「念」と「願」もこめて叫んでいることも否めないが。かりに300mほど先のお世話になっているお隣さんに私の声が聞こえたところで「この冬も、はじまったな」で終わりである。ありがたいことだ。

マイナス10度、晴天。無風だったので歩くには最高だった。木々たちや枯れたまま残しておいたノラニンジンやセイヨウセイタカアワダチソウ、ススキ、ヤチガヤ、オオヨモギたちも氷の結晶を纏いすべてが太陽にてらされて輝いていた。

この次は「真昼の星空」が見たい。見たいなぁ。
太陽が出ているときの午前10時前、マイナス8度以下で、ときおり微風が吹くときだ。木々や枯れたまま残しておいた植物たちから太陽の日差しと微風によってはがれおちる氷の結晶…樹氷がこぼれ落ちたところに陽が当たったとき「真昼の星空」が雪面にあらわれる。


写真は一年前のものだ。空き地へ行くためのケモノ道。


*野生動物たちよりも人間の方がよほど「ケモノ」だと思っている私は、春も夏も秋も冬の間も私が敷地内につくった道すべてを「ケモノ道」と呼んでいる。




by iroha8788 | 2019-01-11 11:11 | おはようの時間

初うもれ

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昨日から雪が本格的にふったりやんだりしていた。午前と午後と2度の雪かきをしたのだが、それでもひと晩で積雪40cmをこえていた今朝、やっぱり言ってしまった。

目が覚めて、妙に静まりかえっている感覚と空気感で、これは!と思ったが、玄関ドアをあけて風除室のガラス戸のところを見た瞬間に「うもれたー。やっぱり雪にうもれたー。雪うもれ第一弾」と言ってしまった。なぜか雪に埋もれると笑いながら叫んでしまうわたしなのだが、主人は無表情のまま…「はい。わかったから、雪かき行くぞ」としか言わなかった。

どうしても強烈すぎると笑ってしまう。そのきっかけとなったのは「しまなみ海道」のあの瀬戸内海をわたる橋を主人に「あなたの記念だから」と無理矢理(面白がって)運転させられたのがはじまりだったかもしれない。
今治からはいりトンネルを抜けた瞬間に広がる光景は、恐怖でしかなかった。ずっと笑いながら運転していた。まわりの景色など最初だけで見る余裕はない。まっすぐ前を見てただただはやく橋が終わりますようにとしか思っていないのに笑っていた。主人は隣でとてもわたしが怖かったらしい。それ以降、四国と本州を結ぶ3つの橋を制覇させる話は消えた。

さらに、つい数ヶ月前だった。
いまだにフクイチから漏れつづけ濃縮をつづける放射性物質が「100000ベクレル」をこえているところのデータを見たときだ。強烈すぎて泣いてるのか笑っているのか怒っているのかわからなくなってしまった。

無関心は、どこまでも人を殺す。


そして、蝦夷地に住んではじめてあじわった猛吹雪に埋もれた去年の今頃、12月25、26日だ。大笑いしていた。一昼夜吹雪きつづけた翌朝カーテンをあけると、窓ガラスにも雪がへばりつき真っ白で何も見えなくなっていた強烈さと人間の無力さを笑うしかなかった。笑いながらも人間は家があるから守ってもらえるが、野生動物たちは、この猛吹雪のなか、どうやって過ごしているんだろうかと思っていた。

目に見える恐怖と目に見えない恐怖をこれからも覚悟して実感していくのだろう。

さて、この冬もめでたく雪に「初うもれ」となった。あと何回、我が家は雪に埋もれるのか。今回は吹雪いていなかったが、次はわからない。侮らないようにこの冬も越えていこう。雪に埋もれても雪をかくだけだが、吹雪のあとの雪原は、美しすぎてことばをうしなう雪紋もできている。
昨日と今日の雪かきでできた雪山は1mをこえた。…やらないわけはない。主人には申し訳ないが、思う存分「ダイヴ」をさせていただいた。このダイヴのために雪かきをしている。


by iroha8788 | 2018-12-19 16:32 | おはようの時間

みたいものをみる

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この冬2度目のマイナス10度をこえた朝に、また見ることができた姿に、幸せを感じる。


蝦夷地に間借りし、はじめての冬に見てからというもの、この姿が大好きになってしまった。春、雪どけがすすみ、ロゼットのかたちで越冬した姿が出てくるとワクワクしてしてしまう。葉っぱもいとおしい*An’s Flowerは、1年を通してうちの庭にはかかせない。


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人間には「食べられない人参」でも、アゲハの幼虫には好物でありだいじな食べ物だ。それだけで十分だろう。そもそも地球上に生えている植物の8割は食べることができない。そして何より、まだ発見されていない植物だってある。それでいいと、なぜ思うことができないんだろう。もう余計なことはしなくてもいい。すでに奪い、壊し、殺してきたのだから。いつまで「奪う・壊す・殺す」をつづけるのか。

私は、見たいものを見る。しかしただ見たというだけで、何も感じない、すぐに忘れるその場しのぎの、なんの積みかさねもできないまま生きている愚かな人間にはなりたくない。


*An’s Flower は、うちだけの名前である。





by iroha8788 | 2018-12-13 19:19 | おはようの時間

シクラメンの蕾

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お盆明けに植え替えをしたシクラメンに蕾があがった。まずは葉っぱが育ち光合成をたっぷりしてチカラを溜め込んでからゆっくりと蕾を育ててくる。ただし今年は、2号さんだけだ。1号さんは、休眠からいまだに目を覚ましてくれない。

処分品になっていたシクラメンを2株迎えて4年になる。
球根も、50円玉の大きさから500円玉の大きさをこえた。毎年GW過ぎまで咲きつづけてくれる。そこから肥料をきり、葉ばかりさんの時期を過ごしていただき、お盆が過ぎたら植え替えと同時にリセットをするべく、のびた根っこを半分の長さに切り葉っぱもすべてとる。1ヶ月もすると球根から小さな葉芽をのばしはじめる。そんなサイクルをずっとしてきたのだが、今回はなぜか、1号さんだけ何の動きもない。球根が腐っているわけではなく、さわるとムチっとしている。植え替えのときの根切りがたりなかったのか…。いずれにしても、1号さんに関しては、年明けまで様子を見てから植え替えしなおそう。球根が腐っているわけではない。あわてることもない。休みたいのであれば、休ませてあげよう。シクラメンは、短日植物でも長日植物でもない、中性植物だ。

今までみたなかで、一番印象に残っているのは知り合いのお母さまが育てていた25年もののシクラメンだった。球根というより直径15cmくらいの「大きなおまんじゅう」だった。あえて書かないが牧野博士が名付けたとおりだと思った。25年前から生きているシクラメンに香りはないが、ピンク色でとてもシンプルでとても素敵だった。毎年植え替えをして大事にされていた。しかしお母さまが亡くなるとそのシクラメンも急に葉っぱがどんどん枯れはじめ球根も腐る前にカラカラになって枯れてしまった。連れていったのか。それともシクラメンが、お母さまについていったのか。25年も一緒にいたのだから…。

この2号さんシクラメンはピンクの小さな花を咲かせる。まだモコモコ葉っぱから顔を出したばかりなので白っぽい蕾だが、これから窓辺で日光浴をしながら蕾が大きくなると同時にどんどん花びらが色づいてくる。花びらがしだいに色づいてくるのをみるのも嬉しい。外気温がマイナス5度をこえる日が多くなると日が沈む16時ごろには部屋の真ん中にあるテーブルに移動させ、翌朝、日が昇る7時ごろになると窓辺へ移動する。シクラメンは暑がりだが、その程度にもよる。これも1代目のシクラメンと一緒にいた内地のときに覚えたことだ。この子たちが部屋のなかで一番元気でいられる場所を見つけるのも楽しみのひとつだ。今は昼と夜の定位置が決まっている。

年末には咲きだしそうだ。小さなガーデンシクラメンのおかげで窓辺がまた少し賑やかになる。

うちのおチビのシクラメンも、ずっと一緒にいられますように。




by iroha8788 | 2018-12-02 07:55 | おはようの時間

Morning Mist

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日の出のときは晴れていたのに、時間が経つとともに空知川からのぼってくる霧に覆われていく。気温3度と確認したら、どうにも我慢できずに外へ出る。

歩きながら深呼吸をすると、我ながら身体だけはすっかり冬モードになってきいるのがわかる。蝦夷地の冬モードというのかもしれない。「寒くなったなぁ。でも、まだまだこれからこれから。さて、この冬は最低気温が何度までさがるかなぁ」とワクワクしている自分がいる。

まずはマイナス8度の「寒さが刺さってくる感覚」の境目の気温を体験することだ。マイナス7度とマイナス8度の、たった1度はされど1度で、別物である。そしてマイナス10度だ。これは、ダイヤモンドダストが見られる確率がグンと高くなる気温で、そこからもしかしたら、サンピラーが見られるかもしれない。今年こそ見たい。嘘も本当も真実も自然界には存在すらしない。ただ事実、事象、現象として見たい。死ぬほど見たい。そしてマイナス20度ごえ。これは玄関をあけた瞬間に息ができないような感覚になり、風が吹いていないのに耳も鼻ももげそうになる。その感覚を超えて空き地に行くと、さらなる美しい雪原の光景が広がる。長居はできないが完全防寒をしてでも「我慢して見に行く価値がある」と思う年に一度あるかないかの気温の日だ。

雪かきは、かいてできた雪山にダイヴするための大事な作業だ。ひと汗かいたあとにスノーダンプを投げだし、新雪の雪山に向かって走ってそのままダイヴする。運動神経も反射神経も関係ない。いらない。ただ新雪に向かって飛び込むだけだ。アイヌ犬ではない。しかし、ダイヴしたときの「パフゥ〜」加減は最高で毎冬の雪かき後の楽しみとなっている(雪の量によっては30分に一回はダイヴして休憩する)。あと2年半ほどで50歳になるが、そんなことは、どうでもいい。「ダイヴばっかりしてないで、雪かきしろよぉ」という人がいないときは、もっとも最高なダイブができる。アイヌ犬ではない。今年は何回ダイヴできるだろう。考えただけでバウワウしてしまう。……アイヌ犬に失礼である。ソリ滑りは、12月下旬から2月までだから、それよりもダイヴである。

この霧が出る時期は、終わりですよ。秋は終わりですよ、お天道さま。
あぁ、雪は、いつ降るの?まだなの?早く降ってください。



ここのところ霧の中を歩いてはこんなことばかり言っている。






by iroha8788 | 2018-11-07 07:58 | おはようの時間

ネズミをくわえた猫

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玄関をあけるとミースケがネズミをくわえて座っていた。


…。
「おはよう、ミースケ」と言うと、くわえていたネズミをボタッと落とし「ミャー」と言う。あぁ、ミースケよ。わかったよ。もうすっかり狩りも上手になっているのもわかっているよ。それとも念押しの「この冬も、よろしく頼む」と言いたいのかミースケよ。どちらにしても、わかったよ。朝一番でありがとうね。いつでも泊まりにおいで。そう言うしかない。そう言うしかなかった。

どんどん日の出が遅くなってきている中で玄関をあけて一瞬動けなくなってしまう光景が来春まで数回つづくことは、この冬もまちがいなさそうだ。今度は、何を捕まえて持ってくるんだろうか…。ミースケが頻繁にくるようになると、雪が積もるまでのカウントダウン開始だ。

ミースケが捕らえたヒメネズミはお亡くなりになっていたので埋葬した。埋葬を確認していると、近くでエゾシカが鳴く甲高いキャーンという声が聴こえ2人で固まりながらも、しばらくするとミースケは去っていった。


おん。


写真は少し前のハマナスとノイバラが自然交配して生まれたカラフトイバラになれそうでなれていないハマナスの遺伝子が強くでている葉っぱと棘をもつ「野ばら子さん」の紅葉だ。この葉っぱの色を見ながら「大好きよ」とクドクド言う朝はつづいている。


by iroha8788 | 2018-11-05 06:05 | おはようの時間

カカヤンの実

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カカヤンバラの実は、優しい蜜柑色で、触るとすぐにとれてしまいそうなやわらかな産毛の感触のままで、いつまでいてくれるだろう。

Rosa Bracteata、ヤエヤマノイバラ、カカヤンバラと3つの名前を何度も書きたくなってしまうこの名前の薔薇をはじめて見つけたのは夏の終わりごろに偶々通りかかった相模原の花屋さんだった。*Rosa pomifera、Rosa villosa、アップルローズという葉っぱに青林檎の香りがある3つの名前をもつ薔薇と一緒に処分品になっていたのを見つけ迎えた。ステンレス製の4段の棚の3段目の左端っこに寄せられて切り戻されて小さな3号鉢に入り、最初は4本のはずだった3本の挿し木苗と3本の挿し木苗の鉢、2つ並んでいた。「カカヤンバラ」と「アップルローズ」の名札が反対になって鉢にささっていた。
迎えてから植え替えをしてしばらくするとみるみるうちに復活していく姿は原種らしくとても頼もしく来春を容易に想像できるくらいだった。
どちらも私の頭の中に葉っぱや茎や棘や花びらや花や葉っぱの香りやローズヒップのかたち、感触が残っている。忘れない。

2代目も迎えてからずっと「カカヤン」と呼んでいる。同じ品種の薔薇であっても同じ個体ではないからこそ今度こそ、ずっと一緒にいれるだけいられるようにと願いを込めて同じ呼び方にしている。

来年の早春にも部屋の中でいち早く開花しエッセンシャルオイルのylang-ylangとフレッシュミックスジュースがあわさった香りを漂わせてくれますように。


おん。


*Rosa pomifera は蝦夷地にきてから一度も会えずに終わりそうだ。





by iroha8788 | 2018-10-25 07:52 | おはようの時間

霜に一面が覆われるまで

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気温3度の冷えた朝は、丸い葉っぱが可愛くて刈り取らずに大事に残しておいたカキドオシに霜が降りていた。ますます冬へ、雪の季節が近づいている。


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アカバナツメクサにも霜が降りている。でも、まだ甘い。霜で一面が覆われたときの霜の上を歩くときのザクザクという音と心地よい感覚まではもう少しかかりそうだ。


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主人が道の駅で見つけて迎えてから大事にしていている「ヤマモミジ」も真っ赤になった。1番日当たりがいいところにいるこの子は、日の出とともに霜がとけた雫をまとう。
なすがままされるがままの「ヤマモミジ」はエゾシカに成長点を食べられて上へ伸びることなく否応無しの盆栽仕立てになっている。主人は「自然がつくった姿だからこそ、いい」という。「そのとおり」ということにした。



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Rosa Gallica Officinaris には、はじめてのローズヒップがなった。
迎えて3年目の今年はたくさんの花が咲いたからだと思うが、なんともおもしろい形にニマニマしてしまう。20個のうちの2個だけいただこう。ちょっと味見もして、冬の間の楽しみ「薔薇の種をまく」ことにしよう。タネはいくつ入っているんだろう。あけてみてのお楽しみだ。


おん。


来年から植物を迎えることができなくなるような気がする。放射性物質入りの用土が全国にばら撒かれるからだ。私にとっては楽しみがひとつ減ることになるが、それよりも、この地を、せめてうちの敷地内だけでも汚したくはない。ならば、今ある植物の種を蒔くこと、苗を育てることを楽しみとしよう。
「楽しみは自分で創るもの」ターシャの言葉もいつでも私を支えてくれる。





by iroha8788 | 2018-10-22 08:22 | おはようの時間