カテゴリ:そういう時間( 139 )

That’s the way it is

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ゆっくりしてもいい朝は、今の時期だけの植物たちがにぎやかな窓辺に、夜だけ、より寒がり植物たちがいるベンチに座り、植物たちごしの窓から人っこだけいない雪原をしずかに眺めて過ごす。

朝9時の時点で外はマイナス10度だった。そこに雲の隙間から太陽がでてきた。この冬初のダイヤモンドダスト時間がやってきた。やっと見ることができた。しかし、ずっと待っていたダイヤモンドダスト時間は、すぐに太陽が雲に覆われてしまい、呼吸をするのを忘れてしまうほどあっという間に通り過ぎ、酸欠による腑ぬけ写真いち枚がのこっただけだった。That’s the way it is.




by iroha8788 | 2019-01-07 09:50 | そういう時間

解放と開放感




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地球全体を汚しつづけ破壊しつづけやめようともしない。
汚染まみれのなかで生きる意味を探す。

人間界では「病気と寿命はちがう」というが、「死」にいたる病の多さが尋常ではないことすらも感じない。「老衰」という「死」はどこへいったのか。

人間がわざわざ手を出さずとも消えるものは消えていくはずの循環は、狂ってしまった。

幾度となく確認をするための長い沈黙は、腑に落ちたときの解放と開放感に満ちあふれた時間へとつづく。








by iroha8788 | 2018-12-30 06:50 | そういう時間

吹雪きの中で思うこと

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風で締まって重たくなった雪をかきながらも、頭の中では、すでにかいてできた雪山にダイヴしている。

ようやく地面が凍りついてスノーダンプでの雪かきもしやすく歩きやすくなった(地面が凍りつくまでは柔らかくて思わぬところで足首をひねりそうになるという、ちっとも笑えない事象に気をつけないといけない)。
風除室のガラス戸をあけて足を一歩だしたときに長靴が丸ごと埋まるか、ひざ下まで埋まるかの感覚もたまらないのだが、風向きによってこれが味わえないときがある。吹き溜まりの雪溜まりができる我が家ならではの楽しみは、右足を一歩出したときにキュッキュッと音がでる鳴き雪のサラサラ雪とわかり最高のダイヴができると想像するとワクワクがとまらなくなったり、はたまた「今回の雪は、重いぞ」と気持ちを切り替えるときもある。重たい雪のときは、固まる雪=雪玉に最適=主人がいたら、隙をついて必ず2.3回は雪玉をぶつける=雪玉は、主人に見事に当たっても当たらなくてもどっちでもいい=いつもグサッと刺さる言い返すことができない言葉を言ってくる主人へのささやかな抵抗をすると誓う=主人は「はいはい。またか」という顔をするが、それでも隙をついて必ず2.3回は雪玉をぶつける。ずっとつづける。意地でも毎冬つづける。それがまたあらたに見つけた楽しみである。

猛吹雪きではない限り、重たい雪も、サラサラで固まらない雪も、どんな雪質でも、楽しめることを見つける。ただこの冬初の「雪だるま」をここぞとばかりに今までになく大きく作ったにもかかわらず、翌日には風でどこかへ吹っ飛んでしまって跡形もなくなっていたときには少々悲しかったが、次回、また重たい雪のときに作りなおす意思を固めた。30cmの高さの雪だるまでもダメなのか。そんなに大きくもなかったか。とにかく、自分が楽しいと思うことは何があってもつづける。幼いころからしたくてもできなかったことを、ここで思う存分する。運動神経・反射神経がなくても楽しめることはたくさんある。

それにしても、最低気温がマイナス10度くらいになっても、なかなかお日さまと湿度のタイミングが合わず、いまだにダイヤモンドダストすら見ることができていない。寒さがますます厳しくなる年あけこそ見たい。サンピラーも見たい。そろそろ全体的に積雪が1mをこえてきた。スノーシューをはいて空き地を歩きまわる楽しみがやってくる。


(雪うもれ第2弾)


by iroha8788 | 2018-12-27 13:50 | そういう時間

LOVE IS A GIFT



クリスマスにはまったく興味はないが、この最初の静止画が気になりみてしまった。「誕生日という日は、産んでくれた母親に感謝をする日」という言葉を思い出した。

主人の母は、末っ子の主人を一番可愛がっていた。年があけたら三回忌だ。突然逝ってしまった。なんの前触れもなく一本の電話で知らされた義母ちゃんの死を、主人より私が先に知ってしまった。その時からのことがよみがえる。

実家に帰るまで主人へかける言葉を見つけられず、一緒にいることしかできなかった長い沈黙の時間。実家につき主人と二人で、義母ちゃんの冷たくなってしまった顔に体に触れながら泣きつくした時間。打ち覆いは、くる日もくる日も微動だにすることなく、荼毘に付されるまで大量のドライアイスで凍っていくばかりの9日間もだ。

義母ちゃんとは、私の母親よりもよく話をした。本当によく電話をかけてきた。週に5回から6回。ほぼ毎日のように話をした。義理の姉さんや兄さんの話、親戚の話、義母ちゃんの姉妹の話からケンカをしたことまでも、すべて私に言ってきた。義母ちゃんと私はよく言い合いもした。お互いにいっぽも譲らない。言いたいことは言う。「気を使うのは、お互いにやめようね」そう言ったのは私だったが、ちょっと失敗したかなと思うくらいだった。その言い合いの内容も今考えるとおかしくて笑ってしまう。とにかくよく話をした20年だった。

今年最後の満月の時間がすぎ、次の十六夜へもつづくひととき、雲の隙間からあらわれた月と月の光で青白く光る雪原を見ながら、主人を産んでくれた義母ちゃんに感謝をしよう。



by iroha8788 | 2018-12-23 03:01 | そういう時間

共通点らしき現象

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母と私の共通点らしき現象がはじまったのかもしれない。


父も母も、ほとんど甘いものを食べない。父にいたっては、私が物心がついてから夏の暑い時期にもアイスクリームさえ食べたのを見たいことがない。父曰く、日本酒で糖分をとっているからいらないそうだ。それもどうなのか。しかし今の私もほぼそれに近い。日本酒よりも、ゴードン・ジン(ジュニパベリーの強い香りが好きなのだ)や、電気ブラン(震災前に買った最後のひと瓶を還暦を無事に迎えたときようにとってある)や、ビールのほうが好きだが。それもどうなのか。かりに今、日本酒を飲むならば「花泉」がいい。
母も、甘いものは食べないが、果物、特に柑橘系はよく食べる。親戚に果物農家がいたため、時期になるとご飯がわりになるほどいただくせいもあるが、それ以外はほぼ甘いものは食べなかった。愛媛にいたときに、八幡浜の「伊予柑」を毎年節になると送っていた。とても喜んでいたのが懐かしい。父には同じように私も好物だった八幡浜の「じゃこ天」などかまぼこのセットだった。神奈川のときは「鈴廣」のかまぼこセットを本店に行って定期的に送り、神奈川をでる際、最後の贅沢と思いきり奮発し待っている間に出されたお薄とお干菓子には愛媛の今も大好きなおばぁちゃまを思い出した…。我が家に「甘いお菓子」は、皆無であった。

しかしここ数年で変わってきた。父は年とともに量は減ったが「これぞ、百薬の長だ」と毎晩の晩酌は欠かさないながらも、よく果物を食べるようになった。母は冬になると「あれ、送って」と電話をするたびに言うようになった。「あれ」とは六花亭のマルセイ・バタサンドである。そして私も唯一、冬になると食べたくなるのが、このバタサンドだ。がしかし、最近「柳月」の“BONNE”もおいしいと思うようになってしまい、先日早速実家に送った。母もやっぱり好物になってしまった。性格も見姿もまったくちがう母と私の共通点は「寒くなると甘いものが食べたくなること」というのが増えたといえばいいのか。いずれにしても、数少ない共通点を大事にしよう。そう思った矢先のことだった。
電話口で母が嬉しそうに話しはじめた。

「今年はね、…あの小さいスミレなんていうの?」
「あぁ、ビオラね」
「それ。そのビオラの寄せ植えしてみたの」
「へ?ビオラ…しかも、今、寄せ植えって言った?」
「そうそう、寄せ植えしたの」
「どうしたの?なんで?何があったの?」
「その言い方、あんまりにもヒドイ!そこまで言わなくてもいいでしょ!」
「今まで、トキソウしか見向きもしなかったくせに…」
「なんだか、その…ビオラが、とっても可愛いなと思って」
「まぁ、植物たちはみんな可愛いわよ」
「…わかった。わかった。その先の屁理屈はいらないから」
「で?」
「だから、とにかくビオラが可愛いから寄せ植えにして、あと食べられないキャベツも植えたの」
「…食べられないキャベツって、あぁ、もう…葉牡丹ね(確かにそうだが、本気で食べられないキャベツと真剣にいうことに目眩がする)」
「それそれ。その紫色があんまりきれいでね。それも買ったの」
(紫色が好きなのも共通点だったか。母も私もアメジストの色が好きだ)

「なんか…天変地異が起きそう」
「なんで、そういうこと言うのー!」
「じゃあ、それって七十の手習い?」
「なんで、そういうヒドイこと言うのー!」

電話口から父の小さいながらもハッキリとした声が聴こえた。

「どうせ世話をするのは、俺だ」

私も父の意見に賛成だ。至極納得だ。すでにその光景が見える。大事にしていたラベンダー富良野2号の大株をよりによって大量の鶏糞を入れて枯らしたのは母だ。今でも、お口あんぐりショックは消えない。父と私はお酒好きで山歩きが好きで動植物好きという共通点がある。血とも言うが。しかしあまりに喜んでいるので、母にとりあえず簡単なお手入れの基本を伝えた。

「ビオラは花がらさえマメにとっていれば、GWまで咲きつづけるから、緩効性肥料の*マグアンプをあげればいいよ」

「マグアンプあげたわよー。父さんが」

もう何も言うことはない。
母なりに楽しんでくれたら、それでいい。


*化成肥料のマグアンプを私自身使うことはないが「有機肥料」といっても、きっと母には通じない。ホームセンターに行けば、陳列されているわかりやすいもので伝えた。母は、父がマグアンプを使ったといっているが、父は有機肥料しか使わない。震災になる前からだ。家で使う肥料は父が作っている自家製の堆肥などしか使わない。悔しいのは、福島では「有機肥料」や「自家製堆肥」を使ったところで、化成肥料を使っているのとなんら変わらないということだ。



by iroha8788 | 2018-12-20 07:50 | そういう時間

pinhole




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22年前の今日、食器を洗っているときにポタンという音がしたような気がした。気になりだすととまらなくなりシンクまわりを隈なく探した。

シンク下に水滴がひとつ落ちていた。シンクに小さな穴を見つけた。画鋲の針よりも細く小さかった。しかしその小さな穴からこぼれてくる蛍光灯の光を見たときの「感覚」を覚えている。

仕事から帰ってきた主人にいうと、家にも置いてある、いまだに私がさわるとうれしくない「主人専用の工具箱」を持ってきてすぐにpinholeを直してしまった。そのときはじめて「ピンホール」という言葉を主人から教わった。
機械屋の主人からは、いまだにそういう言葉や専門用語を、突発的あるいは自動的に聞かされる。覚えきれないうえに算数嫌いな私がトドメのようにさまざまな現象事象を聴くのは気が遠くなりそうになるが、機械の構造など難しくついていけないときは、私用に花や葉っぱの構造にたとえて教えてくれる。その話を聴いているうちに人間が作ったものはすべて自然界から得ているのだとあらためて実感する。

一度、コーヒーミルの掃除をしようと勝手に工具箱から精密マイナスドライバーと六角レンチを拝借した。すっかりきれいに洗って乾かしてしっかり元に戻しておいたが、主人が工具箱をあけた瞬間に、ばれた。怒ることはないが、いい顔もしなかった。それ以来、主人の工具箱には一切さわらないようにし、私は私専用のコーヒーミル掃除用のドライバーセットを買ってもらった。

引越しをするたびに水を出してシンク下も確認するようになった。どんなに綺麗に掃除されていても、新品のものであってもだ。
葉っぱいち枚完璧につくれない人間に、完璧なものなどない。

小さなpinholeならばすぐになおる。ただし「質」にもよる。そう考えると、小さな疑問をそのまま放置し、やがて大きなほころびにもなることと似たようなことだとも思うようになった。

目に見えないようなpinholeからふりそそぐ光をみつけた。
ふりそそぐ小さな光を、幸、不幸などという感覚は、もうない。
事実を事実と受けとめつづけられるかどうかだ。

ボロボロになった薄紙をあしもとに垂直に重ねつづけてきたせいか、幾分、遠くがみえるようになった。

一匹狼職人になった主人と私の生活は、もうすぐ22年を迎える。




by iroha8788 | 2018-11-27 23:13 | そういう時間

それぞれの

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生きているかぎり、それぞれの「帳尻合わせ」がある。
生きもののなかで、いちばん愚かな人間には「表裏の帳尻合わせ」があり、様々な形でやってくる。

定期的に4度、死にそこなって、煤水をはいても生きかえったからには、「生きた化石」と言われようが、事実事象を直視し、味わいつくし、その日まで実感しつづける。

たかだか47年の人生のなかで2度も「生きた化石」と言われたことを「最高の僥倖」とし、次をみる。



by iroha8788 | 2018-11-13 18:15 | そういう時間

Mini. Green Ice

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秋の薔薇というよりすでに初冬の薔薇だが、Mini. Green Ice は今年最後の花を咲かせている。今年もよく咲いてくれた。春の一番花と秋の三番花は寒さで紅く染まる。

毎年新しい品種が誰がつくっているかわからない流行り廃りとともにでてくる。だんだん新品種に興味がなくなってきている自分がいる。いいものはいい。確かにそうかもしれない。でも何かちがう。育種家さんたちの消えることのない情熱もわからないでもない。ただ魅力を感じる方向が変わった。自然交配して生まれた植物たちに「気」が向くようになった。何より、ずっと昔からある植物たちのことをまだまだ把握できていない。完全に把握できるはずもないが、諦めるものでもない。私の中で植物を知りつづけることは永遠に達成感とは結びつかないが、それでいいと思っている。まして牧野博士のフィールドワークの凄まじさにも敵うわけはない。だからだろうか、大事にしていた牧野博士の本が忽然と消えてしまった。本を読む場所、本を置く場所は、2ヶ所だけと決めていている。それでもいくら探しても見つけられなくて1ヶ月が過ぎようとしている。見つからないときは見つからない。出てきてくれるまで待とう。迎えたいと思っていた植物がぱったりと目の前に現れてくれるときのように。

毎年冬になると「薔薇大図鑑2000」を引っ張り出してきて眺めている…というよりも時間があけばすぐに手に取れるようにいつでも定位置におき、ページをめくりながら頭の中で迎えた薔薇やほかの植物たちのことも一緒に、来年、再来年、10年後を想像しながら再確認のためにネット検索をする。そして「この子とはいつかまた会えるだろうか」と迎えたい薔薇を浮かべていた。


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1971年にアメリカで生まれたミニバラの Green Ice には特別な思いを勝手にかさねていた。私と同じ年に生まれた薔薇を一種類だけ迎えたいと思っていたのがこの子だった。
蝦夷地に移住してからもずっと探していて去年ようやく2代目を迎えてから2回目の冬になる。テリハノイバラの遺伝子入りで丈夫で花がらを摘むだけで手のかからないいい子だ(環境による)。この世に生まれてから47年経っている。この薔薇は実を結ばない。しかし挿し木苗が主流となり、47年消えずに残ってきている。毎年たくさんの品種が生まれては消えていく中で残っていてくれたことは、子供を産めなくても生きてていいんだよと言われているようで、浅はかにも、泣けてくる。最初にこの薔薇を迎えた最大の理由はそこにある。13年前の話だ。しかし今では、この Green Ice がただただ可愛い。

今年も一緒にここの冬を越えよう。一緒にいれるだけいよう。
今日も傘をさして長靴をはいて歩きながら挨拶しながら言う。何度でも言う。


おん。

しかしながら私の想いなど植物たちには一切関係ない。そう考えるとより溺愛してしまう。



by iroha8788 | 2018-10-31 08:46 | そういう時間

草むらに

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祖母から教わり、母も使っていた薬草を見つけたときは、まるで幼いころの自分に再会したようで嬉しい。

ここに住むと決まってから敷地内をみまわっていると草むらの中でひっそりと生きているウツボグサの葉っぱを見つけた。それからまわりの草たちを少し刈らせていただいて日当たりをよくし数ヶ月待ち、蕾が上がるまで本当にウツボグサかどうか確認し花の色を楽しみにしていると紫色でより嬉しさがかさなった。
わたしがずっと見てきたのは桃色の花だったが、紫色の花もあると知ったときからいつかその花を見たいといつも思っていた。ここでの再会でその花色を見ることができて念願が叶った。

日当たりのいいところへ移植して3年目の今年はずいぶん大きく広がって増えてくれた。この密集ぐあいがグランドカバーとなってちいさなウツボグサの絨毯ができた。
ただし芝生のようにずんずん踏みあるくのはためらわれる。ならばあまり歩かないところをウツボグサで埋めつくせたら、紫色の花で埋めつくせたら…そうしよう。
値崩れになりクリアランスの「アジュガ」を迎えてグランドカバーにしようとしたがこの春先にエゾユキウサギが食べてしまって消えそうになった。少しずつ増えてくれていたが仕方ない。
野生動物たちに食べられても、何事もなかったように復活する植物とそうではない植物の種類も覚えよう。

いつも思うのは、わたしのタネの蒔き方が悪いのもあるが、タネを採取して散蒔きするよりも自然に任せてこぼれた種からの発芽率がいいという事実だ。おととしはじめて苗を買ったサニーレタスは最後のひと株を残すだけで毎年こぼれダネで増え面白いように収穫できる。肥料も農薬もいらない。ときどき絵描き虫が葉っぱの中にもぐりこみ食べながらぐるぐるトンネルをつくるくらいで、うちで食べる分には十分である。

どんな作物にも蒔く時期があるようにウツボグサにもその時期がある。私はまだそういう部分で観察と試行錯誤と失敗と実感が足りないということだ。思考錯誤しながらいっぱい失敗して実感して覚えよう。種にも意思があるように、同じように蒔いてもすぐに発芽するものと数年たって発芽するものがある。
盆栽をするにあたって「水やり3年」という言葉があるが、私の場合は「種まき3年」という言葉もしっかりつけ加えないといけない。

1年目の失敗で2年目からはこぼれダネから育った苗を移植するようにしていると面白いほどどこに植えても無事に根付いてどんどん増えてくれるウツボグサには圧巻だ。

春のころに今年こそ収穫すると決めていたが、やめた。
どんどん増えていくのを見るのが楽しくて仕方なく、もっともっと株を増やしたい。
ウツボグサは蝦夷地にも自生している薬草と知っていても、まさか自分が住むことになった敷地内で会えるとは思わなかった。

ここに住みはじめてから何種類の植物たちと再会できただろう。
先住民の植物たちと、私が迎えた植物たちを合わせたら…何種類になるだろう。
この冬はうちのすべての植物たちのリストをづくりをすすめよう。
また楽しくなりそうだ。

今月は空にいる祖母と義母の誕生日の月だ。
そして、まだ一度しかここにきてくれない、母もだ。
「被ばく休暇においでよ」と毎回電話で言ってるのに。


おん。


ウツボグサは、花が枯れたあと刈り取って陰干ししたものを煎じて飲むと膀胱炎に効果がありますが、個人差があることもお忘れになりませぬよう。







by iroha8788 | 2018-07-15 07:15 | そういう時間 | Comments(0)

雨のまにまに

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雨にうたれて花びらが傷まないうちにロサ・ガリカの花をつみ、濡れた花びらから広がっていく香りを感じながら深呼吸する。

思っていたよりも重なってしまった枝を切る。雨が続き湿度が高いことが挿し木や水挿しに適しているからこそ切った枝も無駄にせず発根を待つ。それは株を増やすことで楽しみをまた1つ増やすことになる。

株が充実していつもより多くの蕾があがる…この時をずっと待っていた。
この花びらは乾燥させたあと塩といっしょになってポプリになる。
そしてそのあと少しのエッセンシャルオイルをおとしバスソルトになり、残った花びらは土へ帰る。

ずっと迎えると決めていたバラたち、そしてそのほかの植物たちもその日まで、循環をとめることなく、四季を感じ植物が生長するなかで大事な命を愛でながら最後まで使い切る。

雨のまにまに漂うガリカの濃厚な甘い香りは至福のときをもたらす。


おん。




by iroha8788 | 2018-07-05 17:05 | そういう時間