カテゴリ:林檎の樹( 4 )

ズミの実

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はじめて「ズミ」の花を見てから楽しみにしていた実が赤くなった。食べたい…。味見したい。でも今年は鳥たちのために我慢しよう。

ニオイヒバの木の下や、その近くには鳥たちが落し物をしていくことで、この「ズミ」や「桜」の木は3本「オンコ(イチイ)」の木が2か所に計5本生えている。小さい木の苗のほとんどは、花が咲いたり、実がなるまで待たないと何の木か確認できないが、その待つ時間が楽しみでならない。もっとも「オンコ(イチイ)」の木はその特徴的な葉っぱの形からすぐにわかるが。
さらに今年はまた新たにラボ花壇の薔薇のSchnee koppeの株元に「ツルウメモドキ」の小さな芽が2本育っているのを見つけた。私が見ていないときに小鳥がやってきて落とし物をしていったらしい。いつの間にと思ったが、ここに住んでから私が関わらずに増えていく植物たちを見つけるたびに嬉しくてピョンピョンしてしまう。Schnee koppeが落葉しはじめGeraniumの地上部が枯れはじめたことであらわになった株元にツルウメモドキの小さな苗が待ってましたとばかりに、雪が積もるまでの短いあいだの陽の光を存分にあびている。うちの敷地内にも出ているが…さて、来春雪が解けたら、どこに移植しよう。冬、雪の中でツルウメモドキの実がなっている姿がとても好きだ。蝦夷地に来て畑の真ん中の道を通ると電信柱に絡まり大きくなったツルウメモドキが電線に届きそうな勢いで育っているのをよく見かける。春先になると電力会社の人が危ないから切ってしまうが、株を掘り起こさない限り毎年出てくるたくましさに関心せずにはいられない。半年でものすごい生長だ。どこに移植しよう。どの木に絡ませよう。ただ木に絡ませると最初はいいがそのうちにツルウメモドキが太くなって締め付けはじめると元の木の方が枯れてしまうかもしれない。ヤマフジなどもそうだが、ツルウメモドキも「絞め殺しの木」の仲間になるのか。どうしよう。この冬の間に考えよう。

木があることは、本当に楽しみを増やしてくれるとつくづく思う。1本の木があることで鳥がやってきて落し物をしてまた新たな木が生えてくる。そしてその生えた何らかの木がその場所に合えば、また木が増えていく。落葉樹ならば豊かな土壌ができあがり下草が生えることで様々な生き物がやってくる。森ができていく過程の一部を見せてもらっているような気がする。そこに人間は必要ない。人間が入る隙間もない。木が育っていくことで土壌にいる菌が木の根に棲みつき養分をもらい繁殖しながら隣の木の根と繋がり情報交換の役目も果たす。1本の木が虫に食べられたり病気になると隣の木にも菌のネットワークで知らせ虫たちが嫌がる物質を出したり病気の抗体をつくったりする。そしてそれは根を浅くはる針葉樹林よりも広葉樹林、つまりブナやナラの仲間たちの方が優れている。日本はスギなど根を浅くはる木を植林したことで山々の水保ちが悪くなり山の斜面が崩れるようになってしまったばかりか「花粉症」などの余計なアレルギー症状を引き起こすようになってしまった。準備され「つくられた病」のようだ。いずれ消えてまた再生していく森であってもその役目は果てしなくこの国では大事なものだった。作物でも同じだと思う。同じ種類ばかりだと虫も病気も大発生しパンデミックになる。そこで農薬が必要となる…うまくできた悪循環だ。様々な生き物、植物がいれば、そんなことは起こらないで済むはずだった。
「森林税」またよく考えるものだ。どうせほかの税と同じで、自分たちの懐を温めるためだろう。どこもかしこも網羅されているが、それも森や自然界の生き物たちを真似しただけで、どこまでも壊して奪うことしかしない。もっともそれを理解する気も何もないのだろう。自分さえよければいいのだから。そんな人間の集団にいつまで翻弄されなければならないのだろう。揺り籠から墓場まで…か。

このズミの実を見ているといろんなことを考えてしまう。

うちの敷地内だけでも、余計なことをしないようにするだけで土が少しずつ変化していったりする。土を耕すこと掘りかえすことは、いい結果だけを生むとは限らないのだと。その変化を見ているとますます私は、間借りさせてもらっているのだと思う。

このズミの実は、いつ鳥たちが食べるんだろう。実がすべてなくなる日を楽しみに待つことにしよう。
昨日はつがいのカケスを見た。もうすぐシジュウカラもやってくる。バードコールを鳴らしながら鳥たちに挨拶をする日々がつづく。

おん。


午後3時。何かいるような気配がして台所の窓の方へ行って外を見ると「茶色のモコモコ物体」が動いているのを確認。キタキツネがやってきた。いつものように慌てずそっと窓をあけて「ギャオン!」と挨拶をする。あぁ…。またもや鼻で笑われたような「フン!」という顔をしてすぐに地面の匂いをクンクン嗅ぎながら去っていってしまった。完全に無視されるよりはましか。前よりも逃げなくなったのは、いいことか。しっかり眼も合った。決して餌をあげることはないが、私は「何もしない」ということだけはいつかわかってもらいたい。わかってくれるといいのだが。キタキツネもこれからますますうちに来るようになる。ここ数日キタキツネのフンが、朝の見回りのときにいつもの場所(大体毎年同じようなところ)に見つけていた。一応エキノコックスが心配でもあるので、落としたてのフンが乾く前に、空き地の片隅へ運んでいる。エゾシカやエゾタヌキ、アライグマなどのフンはそのままにしているが、エゾタヌキのは移動した方がいいのかもしれない…。ちょっと調べなおそう。それにしても茶色のモコモコ冬毛に変わったキタキツネの相変わらず鋭い目つきの格好よさには、かなわない。何度見ても、あの目々には、そそられる。
そろそろエゾユキウサギも真っ白冬毛に変身が終わったころだろうか。これから雪が積もるといろんな動物たちの足跡を見つけるのも楽しみだ。



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by iroha8788 | 2018-10-26 06:19 | 林檎の樹
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ズミ(ミツバカイドウ、ヒメカイドウ、コリンゴ、サナシ…青森・岩手)
Malus sieboldii (regel)Rehder/Malus Toringo Sieb.
Sieboldii/Siebo...シーボルト
Regel…エデュアルト・アウグスト・フォン・リーゲル
ドイツ生まれの園芸学者、植物学者
(北コーカサスが原産とされるが、いつから「リンゴ」になったんだろう。さらに「apple」とするとリンゴのことだけではないことも疑問が続く)

「ズミ」とはこの樹皮を染料に使うことからの「染み」から派生したものと、酸っぱい実からの「酸実」というのがある。
いろいろと地方ならではの呼び方もあるが、うちではこの木を「こりんごちゃん」と呼ぶことにした。

風よけのために植えてある「ニオイヒバ」にやってくる小鳥たちがおとしてくれたタネから育った大事な実生苗木の1本であり、まだ幼くともしっかり「木」であるまわりの草刈りをすることでその刈り取られた草たちも大事な肥料となり毎年少しずつ育っていくのを見守っていた。それは自分以外の生き物を観察させてもらいながらもここで一緒に生きていくかのようで実は「木に見守られる」そんな感覚かもしれない。
「林檎」という植物もまた調べれば調べるほどいろいろな文献が出てきたり、植物学者たちの探究心の凄まじさを感じながらもなぞるようにひとつひとつ確認しているうちに気づいたら覚えてしまったことは、植物と同時にそこにいる様々な虫たちへの感度を高くし眼に見えない土の中の根を想像する。それは今年はじめての近づいてくる雷鳴を聴き窓の外に稲光を見るといつも植物の「根」と思ってしまうことと同じように。
そしてそれは人間がいない方がすんなりコトが運んでいくということを忘れないようにするためでもある。
ここに住んでから雷鳴や稲光がちっとも怖くなくなり、稲光を見るとどうしても「木の根」と重なってしまい感動してしまう。
ほんの4年前までは「くわばらくわばら」と祖母から教わった「本来の意味」で唱えていた。


これでまたうちの敷地内に生えている「木」の名前がひとつ判明した。
少しずつ少しずつうちの先住民たちの名前がわかるようになっていくことの楽しさは間借りさせてもらっている私にとって「一緒に生きてくれる生き物の仲間」としてその日まで続きそうだ。



おん。





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by iroha8788 | 2018-06-02 06:02 | 林檎の樹 | Comments(0)

林檎の花

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りんごぉ~のぉ 花ぁびらがぁ~~~ 風ぇ~にぃ 散ぃったよなぁ~ 月夜にぃ~…

なぜかこの歌を、なんちゃってコブシを回しながら歌ってしまって、固まってしまった。
しかも、この最初の部分だけover and over again...
それに、今咲いたばかりで、散ってない!月夜でもない!
誰の歌?
知らないよ。
調べたら「美空ひばり」の歌だった。
「リンゴ追分」1952年5月1日発売!
生まれてないわよ、このわたくし。

恐るべし我がおばぁちゃん洗脳術は、40年経っても健在である。

この人の声はすごいなと思うけれど、それだけだ。

さらに「美空ひばり」で思い出すのは、英語は好きだけど「受け入れ難い文法」のおばぁちゃん先生だ。(日本の英語教育は「英会話をできなくするためのものじゃないのか?」とネイティブの方も言っている。)
あれは高校3年だったか…。教室に入ってくるなりそのおばぁちゃん先生はこう言った。
「今日はね、本当に、ごめんなさい。私の大好きな『ひばりちゃん』が死んでしまったの。授業する気になれないの。ごめんなさい。だから、今日は、自習してね。」
と、泣きながらである。
意味不明である。
ちっともである。
何を言っているのですか?である。
何をおふざけになってるいのですか?である。
今、思い出しても、ふんっ!である。


はじめて目の前で咲いているクラブアップルの花が、ド演歌調になってしまったのは、どうなのか。こんなに可愛いらしく咲いてくれたのに。クンクンするととってもジュシーで甘酸っぱくていい香りなのに。何回も花に鼻をスリスリしちゃうほどなのに。
reggaeに戻りたい。reggaeも違う気がするが、とにかくreggaeに戻りたい。
何か違っても、ド演歌には戻りたくない。あぁ、おばぁちゃんよ。
せっかく念願の「林檎の花」が咲いたのに…。
何で…。

ということで「リンゴの花」にはまったくと言っていいほど関係ないどころか真逆とも言える最近のお気に入りを。





おん。









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by iroha8788 | 2018-05-23 06:45 | 林檎の樹 | Comments(0)

えぞんこりんご

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エゾノコリンゴ
Malus baccata var.mandshurica
「malus」はラテン語では「悪い」となっているが「禁断の果実」ということからなんだろう…。これも掘り下げるとどんどんドツボになっていく…。面白恐ろし底なし植物最高である。


「エゾんコリンゴがあったよ!」私が「イコロの森」の苗売り場にてバラの苗を吟味しているときに主人が見つけてそう言った。エゾんコリンゴの話を通勤途中の車で流れたラジオで知って以来、主人にとっては「特別な林檎の木」になったらしい。

ここに住んでからよく巨大田んぼの間の農道や畦道を散歩するときに3株の(大小様々な木が株立ちになっていて一本立ちはない)大きな林檎の木を見つけていて芽吹きから花の時期そして小さな実がつき鳥たちの大事な食料となっているのを知っていたが品種が何かわからない。
さらに(原種系・原種間交配種)クラブアップルといっても、いくつかの種類がありその見分け方がなかなかむつかしく、それからというもの私もとにかく調べまくるが苗が見つけられない…というよりほぼ売っていないエゾんコリンゴだった。
主人が仕事から帰ってくるとすぐにそのラジオでの話をしてからそれでも2年は待っただろうか。2年くらい大したことはないが、余計なことも言わないがたまに言うことは突き刺さるようなこと言う主人が、そんなに喜んでいるなら迎えないではいられない。
このエゾんコリンゴを迎えて一番喜んでいるのは主人だ。

さて、根鉢がぐるぐる巻きになる秋口には、どこに植えよう。
私たちが食べるのではなく、小鳥たちの大事なご飯になる「エゾんコリンゴ」だ。
何回見ても可愛らしい葉っぱを今日もなでなでブツブツ独り言を聞かされながら元気にゆっくり展開している。

そしてうちにはすでにもう1つの実生リンゴちゃんがいる。
ここに住んですぐの頃だった。いや、ピークは3ヶ月過ぎた頃からだろうか?一気に様子伺いのようにいろんな人がやってくるようになった。その中に、歩くスピーカーの、頼むから、うちのことは、ほっといて。根掘り葉掘り訊いても何にも出てこないわよ♪そしてただの文句・ただの愚痴・特にただの噂話は興味がないの。どの家族もそれでも生きているのだからいいじゃない?噂話ばかりでたとえその人が困っても助けることは一切しないくせにぃいぃい~♪それとも何?その噂の人はあなたに何か迷惑でもかけたの?かけてないのならそんなことを言う必要ってどこにあるの?ね、そこに意味はあるの?それは、どんな感情から生まれてくることなの?・・・・・。そういうことだから今後一切、そういう話はご勘弁よー!ということでパタリと来なくなって何より何より♪…そういえばある人が言っていた。「日本人は、余計なことやプライベートな話こそ、ほっといてくれない。要のことは無関心なくせに!」と。そんな2kmはなれた所に住んでいる一年に一回あるかないかだが、すれ違えばニコニコ笑顔で挨拶するだけとなったご近所さんから「カムイコタンのリンゴだよ」といただいたときに食べたリンゴのタネが発芽して3年目を迎える。罪なんてないその林檎の品種は「フジ」。実生のリンゴは5年から7年でうまくいけば開花する予定だが。それって本当かな?というくらいまだまだおチビちゃんでじんわり育っている。
巷でよくいう病害虫とやらがつきやすいとされている「林檎の木」だが、今のところ草たちに紛れながら守られ順調に育っている。これからの時期はそのことがとても大事なことと毎朝挨拶と観察をしながら思う。

気がつけば3本3種類の林檎の木が仲間になっている。

And then ここ特有の「ヒョウタンナシ」も育っている。ここに住んですぐから「尊敬する百姓の手」を持つ大好きなご夫婦からいただいた「ヒョウタンナシ」をいただいてそのタネを蒔いた。実生梨は大バカじゃないけれど最初の花が咲くまで18年かかるという。ということはあと15年か。
10年後、そして20年後、どうなっているのか…。
理想的「森」ジャングル?にちょっとでも近づいていれば、こぼれ幸い♪


おん。







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by iroha8788 | 2018-05-12 07:00 | 林檎の樹 | Comments(0)