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木を植える

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オーレアを植えて3日目の朝から、まだ細い枝にカワラヒワがとまるようになった。


シマトネリコ・オーレア

オーレアとはラテン語の金・黄金のこと
モクセイ科トネリコ属の落葉広葉樹
「アオダモ」の一種でもあるこの木が、厳しい冬を越え春を知らせる金色の芽吹きもここでの楽しみのひとつとする。

木を植えたいと思うようになるまでその性質はおろか樹皮、樹形、葉っぱの形、そしてどんな花を咲かせるのかさえよく知らなかったアオダモの木だった。ここに住んではじめてその仲間の「ヤチダモ」の木を少しだけ観察することができたがそれは、図鑑の中から少し出ただけでその樹皮と葉っぱの特徴をしっかり言えるところまでもできていない。最低でも1年以上見てからの話で、まだまだというより、その日までにどれだけこの木のことを理解できるかの想像がつかないからこそ楽しみと思っている。
「植物の時間に合わせる」という感覚が一番幸せと知って覚えてしまったからにはさらなる深みを探りたい。

木を植えると決めてから、まずこの地に自生している木かその仲間であるということを考えた。それは私がいなくなっても生きていってくれる可能性が大きいことを重視している。いろんな動植物がいるからこそ繋がっていき、針葉樹も必要だがとにかく落葉樹であることが重要でこれからもずっと考えながら増やしていこう思っているが、私が考えたことなど動植物たちには通用するはずがないと分かっているからこそ、その過程を見ていたい。動植物に人間など不要なのだがそれでも、落ち葉を踏みしめる音を堪能する時間を作らないとすぐに雪虫が飛んで2週間後にはおわってしまう秋、落ち葉からすべてのものを包み込み人工ではないことを祈る大切で大事な内地とはまったく違う気候そのものの雪に覆われる冬のその先にある春、人間には見えないそこでつくられつづける微生物たちいっぱいのふかふかの土の上を歩きたい。
人工物質をはじめとしたさまざまな開拓という破壊は、もう十分すぎるほど十分だろう。
どこまで壊せば、気がすむのか。
私の頭の中はまだ見ぬ10年先の秋と冬そして春へもう飛んでいる。

これからしっかり根付くようになるには3年以上かかると思っている。
ただでさえうちの環境は造園業の方までも太鼓判を押すほど過酷なのでもっとかかるかもしれないが、それでもいい。それを承知で迎えている。何より大事なのはこの地に根付いたときからで、そこからが本番と思っている。その根付きの証拠は「春の芽吹きの勢い」でわかるはずだ。動植物に関してはとにかく自分の目で見て確認したい。いろいろ調べても聞いてもこの目で見てからではないと納得できない。
何でもそうかもしれないが、専門用語も確かにそれぞれに必要だと思う。しかし専門用語を並べたところで、それを使っている人がただ覚えただけで理解できていないと気付いてしまうより、自分で調べたほうがいい。自分で調べて実感した経験が積み重ねられてないことは、とてもつまらないし、つまらない人間には興味もない。
毎朝、背高のっぽの木を見上げ挨拶をし幹をなでては「どうか根が動いて伸びる準備をはじめていますように」と言いながらまだ一方通行の会話をつづけている。

このオーレアを植えて3日目でカワラヒワが枝にとまって囀り、このオーレアを確認してくれたことが嬉しい。何よりたった3日で早速落し物をしていったこともだ。そして1ヶ月がたった今、ますます葉を広げるオーレアを誇らしく思う。




おん。





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by iroha8788 | 2018-06-19 08:22 | 木を植える | Comments(0)