人気ブログランキング |

<   2018年 12月 ( 15 )   > この月の画像一覧

解放と開放感




a0329935_08025845.jpeg




地球全体を汚しつづけ破壊しつづけやめようともしない。
汚染まみれのなかで生きる意味を探す。

人間界では「病気と寿命はちがう」というが、「死」にいたる病の多さが尋常ではないことすらも感じない。「老衰」という「死」はどこへいったのか。

人間がわざわざ手を出さずとも消えるものは消えていくはずの循環は、狂ってしまった。

幾度となく確認をするための長い沈黙は、腑に落ちたときの解放と開放感に満ちあふれた時間へとつづく。








by iroha8788 | 2018-12-30 06:50 | そういう時間

吹雪きの中で思うこと

a0329935_14091034.jpeg


風で締まって重たくなった雪をかきながらも、頭の中では、すでにかいてできた雪山にダイヴしている。

ようやく地面が凍りついてスノーダンプでの雪かきもしやすく歩きやすくなった(地面が凍りつくまでは柔らかくて思わぬところで足首をひねりそうになるという、ちっとも笑えない事象に気をつけないといけない)。
風除室のガラス戸をあけて足を一歩だしたときに長靴が丸ごと埋まるか、ひざ下まで埋まるかの感覚もたまらないのだが、風向きによってこれが味わえないときがある。吹き溜まりの雪溜まりができる我が家ならではの楽しみは、右足を一歩出したときにキュッキュッと音がでる鳴き雪のサラサラ雪とわかり最高のダイヴができると想像するとワクワクがとまらなくなったり、はたまた「今回の雪は、重いぞ」と気持ちを切り替えるときもある。重たい雪のときは、固まる雪=雪玉に最適=主人がいたら、隙をついて必ず2.3回は雪玉をぶつける=雪玉は、主人に見事に当たっても当たらなくてもどっちでもいい=いつもグサッと刺さる言い返すことができない言葉を言ってくる主人へのささやかな抵抗をすると誓う=主人は「はいはい。またか」という顔をするが、それでも隙をついて必ず2.3回は雪玉をぶつける。ずっとつづける。意地でも毎冬つづける。それがまたあらたに見つけた楽しみである。

猛吹雪きではない限り、重たい雪も、サラサラで固まらない雪も、どんな雪質でも、楽しめることを見つける。ただこの冬初の「雪だるま」をここぞとばかりに今までになく大きく作ったにもかかわらず、翌日には風でどこかへ吹っ飛んでしまって跡形もなくなっていたときには少々悲しかったが、次回、また重たい雪のときに作りなおす意思を固めた。30cmの高さの雪だるまでもダメなのか。そんなに大きくもなかったか。とにかく、自分が楽しいと思うことは何があってもつづける。幼いころからしたくてもできなかったことを、ここで思う存分する。運動神経・反射神経がなくても楽しめることはたくさんある。

それにしても、最低気温がマイナス10度くらいになっても、なかなかお日さまと湿度のタイミングが合わず、いまだにダイヤモンドダストすら見ることができていない。寒さがますます厳しくなる年あけこそ見たい。サンピラーも見たい。そろそろ全体的に積雪が1mをこえてきた。スノーシューをはいて空き地を歩きまわる楽しみがやってくる。


(雪うもれ第2弾)


by iroha8788 | 2018-12-27 13:50 | そういう時間

LOVE IS A GIFT



クリスマスにはまったく興味はないが、この最初の静止画が気になりみてしまった。「誕生日という日は、産んでくれた母親に感謝をする日」という言葉を思い出した。

主人の母は、末っ子の主人を一番可愛がっていた。年があけたら三回忌だ。突然逝ってしまった。なんの前触れもなく一本の電話で知らされた義母ちゃんの死を、主人より私が先に知ってしまった。その時からのことがよみがえる。

実家に帰るまで主人へかける言葉を見つけられず、一緒にいることしかできなかった長い沈黙の時間。実家につき主人と二人で、義母ちゃんの冷たくなってしまった顔に体に触れながら泣きつくした時間。打ち覆いは、くる日もくる日も微動だにすることなく、荼毘に付されるまで大量のドライアイスで凍っていくばかりの9日間もだ。

義母ちゃんとは、私の母親よりもよく話をした。本当によく電話をかけてきた。週に5回から6回。ほぼ毎日のように話をした。義理の姉さんや兄さんの話、親戚の話、義母ちゃんの姉妹の話からケンカをしたことまでも、すべて私に言ってきた。義母ちゃんと私はよく言い合いもした。お互いにいっぽも譲らない。言いたいことは言う。「気を使うのは、お互いにやめようね」そう言ったのは私だったが、ちょっと失敗したかなと思うくらいだった。その言い合いの内容も今考えるとおかしくて笑ってしまう。とにかくよく話をした20年だった。

今年最後の満月の時間がすぎ、次の十六夜へもつづくひととき、雲の隙間からあらわれた月と月の光で青白く光る雪原を見ながら、主人を産んでくれた義母ちゃんに感謝をしよう。



by iroha8788 | 2018-12-23 03:01 | そういう時間







by iroha8788 | 2018-12-21 09:00 | 記録として

共通点らしき現象

a0329935_02235763.jpeg


母と私の共通点らしき現象がはじまったのかもしれない。


父も母も、ほとんど甘いものを食べない。父にいたっては、私が物心がついてから夏の暑い時期にもアイスクリームさえ食べたのを見たいことがない。父曰く、日本酒で糖分をとっているからいらないそうだ。それもどうなのか。しかし今の私もほぼそれに近い。日本酒よりも、ゴードン・ジン(ジュニパベリーの強い香りが好きなのだ)や、電気ブラン(震災前に買った最後のひと瓶を還暦を無事に迎えたときようにとってある)や、ビールのほうが好きだが。それもどうなのか。かりに今、日本酒を飲むならば「花泉」がいい。
母も、甘いものは食べないが、果物、特に柑橘系はよく食べる。親戚に果物農家がいたため、時期になるとご飯がわりになるほどいただくせいもあるが、それ以外はほぼ甘いものは食べなかった。愛媛にいたときに、八幡浜の「伊予柑」を毎年節になると送っていた。とても喜んでいたのが懐かしい。父には同じように私も好物だった八幡浜の「じゃこ天」などかまぼこのセットだった。神奈川のときは「鈴廣」のかまぼこセットを本店に行って定期的に送り、神奈川をでる際、最後の贅沢と思いきり奮発し待っている間に出されたお薄とお干菓子には愛媛の今も大好きなおばぁちゃまを思い出した…。我が家に「甘いお菓子」は、皆無であった。

しかしここ数年で変わってきた。父は年とともに量は減ったが「これぞ、百薬の長だ」と毎晩の晩酌は欠かさないながらも、よく果物を食べるようになった。母は冬になると「あれ、送って」と電話をするたびに言うようになった。「あれ」とは六花亭のマルセイ・バタサンドである。そして私も唯一、冬になると食べたくなるのが、このバタサンドだ。がしかし、最近「柳月」の“BONNE”もおいしいと思うようになってしまい、先日早速実家に送った。母もやっぱり好物になってしまった。性格も見姿もまったくちがう母と私の共通点は「寒くなると甘いものが食べたくなること」というのが増えたといえばいいのか。いずれにしても、数少ない共通点を大事にしよう。そう思った矢先のことだった。
電話口で母が嬉しそうに話しはじめた。

「今年はね、…あの小さいスミレなんていうの?」
「あぁ、ビオラね」
「それ。そのビオラの寄せ植えしてみたの」
「へ?ビオラ…しかも、今、寄せ植えって言った?」
「そうそう、寄せ植えしたの」
「どうしたの?なんで?何があったの?」
「その言い方、あんまりにもヒドイ!そこまで言わなくてもいいでしょ!」
「今まで、トキソウしか見向きもしなかったくせに…」
「なんだか、その…ビオラが、とっても可愛いなと思って」
「まぁ、植物たちはみんな可愛いわよ」
「…わかった。わかった。その先の屁理屈はいらないから」
「で?」
「だから、とにかくビオラが可愛いから寄せ植えにして、あと食べられないキャベツも植えたの」
「…食べられないキャベツって、あぁ、もう…葉牡丹ね(確かにそうだが、本気で食べられないキャベツと真剣にいうことに目眩がする)」
「それそれ。その紫色があんまりきれいでね。それも買ったの」
(紫色が好きなのも共通点だったか。母も私もアメジストの色が好きだ)

「なんか…天変地異が起きそう」
「なんで、そういうこと言うのー!」
「じゃあ、それって七十の手習い?」
「なんで、そういうヒドイこと言うのー!」

電話口から父の小さいながらもハッキリとした声が聴こえた。

「どうせ世話をするのは、俺だ」

私も父の意見に賛成だ。至極納得だ。すでにその光景が見える。大事にしていたラベンダー富良野2号の大株をよりによって大量の鶏糞を入れて枯らしたのは母だ。今でも、お口あんぐりショックは消えない。父と私はお酒好きで山歩きが好きで動植物好きという共通点がある。血とも言うが。しかしあまりに喜んでいるので、母にとりあえず簡単なお手入れの基本を伝えた。

「ビオラは花がらさえマメにとっていれば、GWまで咲きつづけるから、緩効性肥料の*マグアンプをあげればいいよ」

「マグアンプあげたわよー。父さんが」

もう何も言うことはない。
母なりに楽しんでくれたら、それでいい。


*化成肥料のマグアンプを私自身使うことはないが「有機肥料」といっても、きっと母には通じない。ホームセンターに行けば、陳列されているわかりやすいもので伝えた。母は、父がマグアンプを使ったといっているが、父は有機肥料しか使わない。震災になる前からだ。家で使う肥料は父が作っている自家製の堆肥などしか使わない。悔しいのは、福島では「有機肥料」や「自家製堆肥」を使ったところで、化成肥料を使っているのとなんら変わらないということだ。



by iroha8788 | 2018-12-20 07:50 | そういう時間

初うもれ

a0329935_11541335.jpeg

昨日から雪が本格的にふったりやんだりしていた。午前と午後と2度の雪かきをしたのだが、それでもひと晩で積雪40cmをこえていた今朝、やっぱり言ってしまった。

目が覚めて、妙に静まりかえっている感覚と空気感で、これは!と思ったが、玄関ドアをあけて風除室のガラス戸のところを見た瞬間に「うもれたー。やっぱり雪にうもれたー。雪うもれ第一弾」と言ってしまった。なぜか雪に埋もれると笑いながら叫んでしまうわたしなのだが、主人は無表情のまま…「はい。わかったから、雪かき行くぞ」としか言わなかった。

どうしても強烈すぎると笑ってしまう。そのきっかけとなったのは「しまなみ海道」のあの瀬戸内海をわたる橋を主人に「あなたの記念だから」と無理矢理(面白がって)運転させられたのがはじまりだったかもしれない。
今治からはいりトンネルを抜けた瞬間に広がる光景は、恐怖でしかなかった。ずっと笑いながら運転していた。まわりの景色など最初だけで見る余裕はない。まっすぐ前を見てただただはやく橋が終わりますようにとしか思っていないのに笑っていた。主人は隣でとてもわたしが怖かったらしい。それ以降、四国と本州を結ぶ3つの橋を制覇させる話は消えた。

さらに、つい数ヶ月前だった。
いまだにフクイチから漏れつづけ濃縮をつづける放射性物質が「100000ベクレル」をこえているところのデータを見たときだ。強烈すぎて泣いてるのか笑っているのか怒っているのかわからなくなってしまった。

無関心は、どこまでも人を殺す。


そして、蝦夷地に住んではじめてあじわった猛吹雪に埋もれた去年の今頃、12月25、26日だ。大笑いしていた。一昼夜吹雪きつづけた翌朝カーテンをあけると、窓ガラスにも雪がへばりつき真っ白で何も見えなくなっていた強烈さと人間の無力さを笑うしかなかった。笑いながらも人間は家があるから守ってもらえるが、野生動物たちは、この猛吹雪のなか、どうやって過ごしているんだろうかと思っていた。

目に見える恐怖と目に見えない恐怖をこれからも覚悟して実感していくのだろう。

さて、この冬もめでたく雪に「初うもれ」となった。あと何回、我が家は雪に埋もれるのか。今回は吹雪いていなかったが、次はわからない。侮らないようにこの冬も越えていこう。雪に埋もれても雪をかくだけだが、吹雪のあとの雪原は、美しすぎてことばをうしなう雪紋もできている。
昨日と今日の雪かきでできた雪山は1mをこえた。…やらないわけはない。主人には申し訳ないが、思う存分「ダイヴ」をさせていただいた。このダイヴのために雪かきをしている。


by iroha8788 | 2018-12-19 16:32 | おはようの時間

雪がお似合いね

a0329935_08114629.jpeg


おなじ花もおなじ葉っぱも二度と見ることができないからこそ、「おめでとう。今年も、待っていたよ。とっても雪がお似合いね」とあいさつをする。

みぞれまじりの湿雪から乾雪になっていくなかで、静かにゆっくりとシクラメンが花びらをひらきはじめた。可愛くてしかたない。「どうしてこんなに愛おしいの」そんなことを言いながら、また植物たちへの溺愛時間はすぎてゆく。

それにしても、シクラメン1号さんは、どうしたのか。ピクリとも動かない。しかし待っている時間さえ至福である。






by iroha8788 | 2018-12-17 08:35 | ふっかつっこ

そんなことを言われても

a0329935_23173639.jpeg





サイフォンで淹れるおいしいコーヒーをだしてくれる喫茶店にはじめてはいったのは、まだ家の改築工事が終わらずアパート暮らしのときだった。

蝦夷地に移住してすぐの週末、まちなかを探検しようと主人とうろうろ歩いているとき「渋い看板」に目がとまり「とりあえず、はいってみる?」とドアをあけた。ドアベルの音が心地よく「古きよき空気感」がただよう店内が気に入ってしまったのは、主人の方が先だったかもしれない。最初に「ぉおっ」といい「サイフォンだ」と言ったのは主人だ。

お店の前の駐車場にある車を見て「いるな」と思いながら、店内に入るためのもうひとつのドアをあけると、私たちの顔を見つけ「あれからもうすぐ1年になるなぁ。いや、まったくひどい目にあった」と、ニマニマ顔で言ってきたのは、すでに顔なじみになっているうちの近辺の配達担当の郵便屋さんのおじちゃんだ。その言葉に待ってましたとばかりに追いうちをかけるように「あんな山んなかに住んじゃってさ」と言ってくるのは、マスターだ。私は「やかましいのね。まったく!」と言いかえす。そのやり取りを黙ってうなずきながら笑って見ているのはいつも通りの主人である。

猛吹雪で家ごと閉じこめられてからもうすぐ1年になる。この前の冬はそんなことが4回あった。4人がそろうとその話になるのは、お約束となっている。一生忘れられないことが、ここでも増えるのは覚悟のうえだが。猛吹雪のなかを、ちいさな郵便物のために死にそうになりながら届けてくれた郵便屋さんのおじちゃんが玄関ドアをあけたとたんに言ったのは「あなた、家が雪に埋もれてるぞ」であり「今日は外に出るな!死ぬぞ!」であった。

「◯◯おじちゃん(郵便屋さん)、今年は雪がすくないよね…」
「大丈夫。あんたんとこは、必ずこの冬も閉じこめられる。ちゃんと帳尻合わせがくるから、心配しなさんな」
「そうね。最低でも3月までは2回くらい家ごと雪に埋もれるって覚悟してるもの」
「うん。いい心構えだね。でもあのときは、本当に心配したよ。家は雪に埋もれてるし、足跡ひとつもないから、死んでるのかと思ったもの」
「吹雪がすごすぎて、笑っちゃうくらいどうしようもないから、家にこもってただけよ」
「うん。いいことだ」

郵便屋さんのおじちゃんはそれだけ言うと「またね」と仕事の時間になりお店を出ていった。この次はもうちょっと早めの時間に出かけて4人でもっと話せたら嬉しいな…。


煎豆の選別をしながらマスターが話しはじめる。

「それにしても、おぼつかない日本語は、どうした?ずいぶんここんところ日本語が上達したな」
「ええ。しっかり鍛えられておりまして、たいがいの方に通じるようになりました」
「まぁ、お前さんの日本語になれたってのもあるけどな」
「はいはい。なんとでも、おっしゃってくださいませ」

マスターがサイフォンの前に立つと話しをやめて静かに待つ。窓から外を見ると雪がやみ陽がさして店内はますますポカポカになってくる。ポカポカすぎてたった数分なのに眠くなってしまうのをこらえながら待っているとマスターがホワホワのコーヒーをはこんできてくれる。

思わず2度見してしまったテーブルに置かれたコーヒーカップは、いつもとはちがうコーヒー2杯分が入った大きなマグカップにかわっていた。

「どうせ1杯じゃたりなくて2杯飲むんだから、最初から大きいカップにしてやる。これだと冷めるのがおそいし、ちゃんと最後まで味わえるだろう。これな、20年前に札幌の…とにかく店で見つけて、いいなと思いながら迷ってさ、エスカレーターを3往復して買うと決めた2脚セットのマグカップだ。今日はじめて出したんだぞ。俺が死んだら、お前たちにくれてやるからな」

その大きなマグカップは愛媛にいたときに買えばよかったと今も言いつづけている大好きな砥部ブルー、砥部焼のマグカップだった。主人と2人でかたまっているとマスターは、カウンターの奥の棚から「こんなのもあるぞ」と次々に出してきた。ほとんどが砥部焼だった。

「お前さんたちがくることで、このコーヒーカップたちもやっと使えるようになったな。これも運命だ」
「……。」
(なーにを格好つけて言ってるんでしょか。確かに、背も高くてすらっとしててハンサムで、ロマンスグレーというより真っ白けっけで極まれに過去3度ほどピコンと寝癖がはねてる髪もかわいいけど。ここで運命だなんて、そんなことを言われても…)

「4年前、よくこの店に入ってきたよな。俺だったら、こんな店には入らない」
「探検してて見つけちゃったんだもの。でも、とってもラッキーだったわよ。マスターは、口が悪いけど、淹れてくれるコーヒーは、すごくおいしいもの」
「……。(ニコニコしながら深くうなずく主人)」
「何?俺は口は悪くないが、性格が悪いだけだ」
「そうね。意味不明だけど」

この日からマスターは、私たちがお店に行くと必ず砥部焼のコーヒー2杯分が入るマグカップを使ってくれるようになった。

…嬉しい。

「運命」なんていう言葉を使いたくはないが、ここは大好きなマスターが言いだしたのだから使おう。

いつも、けちょんけちょんに言うくせに、主人に「毎日、調教、ごくろうさま」などというくせに、時々嬉しくてくだけそうになることをしてくれちゃうマスターと会えたことは運命で、主人も私も幸せである。

「ところで、マスター。この砥部焼って、やっぱりいいですよね」
「知らない。砥部焼って言うの。そうなの。色とデザインと形がいい。それじゃダメ?」
「……。」

またおいしいコーヒーを淹れてくれるマスターに会いにいこう。






by iroha8788 | 2018-12-14 13:15 | 喫茶店でのはなし

みたいものをみる

a0329935_19051556.jpeg


この冬2度目のマイナス10度をこえた朝に、また見ることができた姿に、幸せを感じる。


蝦夷地に間借りし、はじめての冬に見てからというもの、この姿が大好きになってしまった。春、雪どけがすすみ、ロゼットのかたちで越冬した姿が出てくるとワクワクしてしてしまう。葉っぱもいとおしい*An’s Flowerは、1年を通してうちの庭にはかかせない。


a0329935_18585806.jpeg


人間には「食べられない人参」でも、アゲハの幼虫には好物でありだいじな食べ物だ。それだけで十分だろう。そもそも地球上に生えている植物の8割は食べることができない。そして何より、まだ発見されていない植物だってある。それでいいと、なぜ思うことができないんだろう。もう余計なことはしなくてもいい。すでに奪い、壊し、殺してきたのだから。いつまで「奪う・壊す・殺す」をつづけるのか。

私は、見たいものを見る。しかしただ見たというだけで、何も感じない、すぐに忘れるその場しのぎの、なんの積みかさねもできないまま生きている愚かな人間にはなりたくない。


*An’s Flower は、うちだけの名前である。





by iroha8788 | 2018-12-13 19:19 | おはようの時間

茶の木の蕾がおちる

a0329935_11514803.jpeg


茶の木のだいじな葉っぱをきれいにしようと濡れ布巾でふいていたら、だいじなひと粒の蕾がおちてしまった。


盆栽仕立てになっていた茶の木を迎えて3年目のこの秋口に、はじめて小さな蕾がひとつあがって、とても嬉しかった。しかし、越冬させるため部屋の中へ鉢を移動したとたんに蕾の生長が一気に遅くなってしまった。それからというもの蕾の色も黄色っぽくなり、あきらめていた。ダメだったか。やっぱり。

何がいけなかったのか。水やりも、蕾には水がかからないようにしながらときどき葉水をし、乾燥させすぎないようにしていた。水の加減か、それとも部屋の中の光が少なすぎたのか。やはり陽の光か…マイナス5度くらいまでは外においたほうがよかったか。内地のときはベランダだったこともあり霜にあたることもなく外で越冬できた。茶の木の北限は蝦夷地の積丹半島であり、少しの緯度の差もあるが、何よりここでは猛吹雪がきたときのことを考えると、部屋の中で越冬させるしかない。

落下してしまった蕾は、もう戻ることもないが、株自体が枯れたわけではない。株元から新しい芽もでてきている…新しい芽がでてきたということは「世代交代するための花を咲かせるより、新芽の生長を重視した」ということか。それとも先走りしすぎて蕾をつけてみたものの「やっぱり、やーめた」となったのか。根鉢がまわりすぎているわけではないはずだ。葉の落葉はほとんどない。

いずれにしても年が明けて3月のはじめには、ひとまわり大きな鉢に植え替えよう。そして中旬には肥料をあげよう。この地で茶の木栽培は部屋の中で越冬させながらもできないことはない。ただ花を咲かせるには、まだまだ試行錯誤がつづきそうだ。

小さな鉢で迎えた植物たちが年をおうごとに鉢増しされて大きな株になっていく。実生ローズマリーにつづけと盆栽仕立てだった茶の木もすくすくそだって大きくなってきている。
そとが銀世界になっている冬のあいだだけ、家のなかの窓際はジャングル化する…。少しずつ内地のときとおなじ光景になりはじめていることは、どこにいても変わらない自分の軸を、みずからの目で確認することでもある。

茶の木の蕾は、おちることで次へ進んだ。
おちても、ただでは浮上しない。

来年の今頃には、花を見る。いちりんだけでも。





by iroha8788 | 2018-12-12 11:55 | 茶の木

動植物たちとの日々


by 葉花